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お遍路五十日目

9月30日 66番:雲辺寺~67番:大興寺~銭形展望台 約17km 使ったお金1400円

昨日は、親父の知り合いの林さんのお家にお邪魔する事で
何とか、台風から逃がれることに成功。もし、あのまま下山して
いたら山道を歩いてる時に、暴風域に入っていたっぽい。
・・・やっぱ、仕組まれたようにうまい事なっている気がする。
ここまで来ると、弘法大師:空海の力を信じざるを得ない、っつーかもうあれだ、お大師はここに居るよ。

これまで、おきてきた不思議な出来事を全部偶然で済ます事は
出来ないっすよ。この勢いで、誰かの心臓の病気とか治してくれ
ないかなぁ~。と、甘い期待を抱いてみたり・・・。
は!欲を出すのはいかんよ、いかん。
まぁ、とにかく昨日は無事だったんで、ご心配なく。

今日は、台風一過で実に良い天気でやんす。
雲辺寺の展望台からの眺めもサイコーにキレイで、いう事ない。

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高松を一望

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五百羅漢像

けどね、寒いよ寒い。長袖でも寒いよ、雲辺寺。
ガキンチョの頃は、山の上は太陽に近づくから温かくなるような
イメージがあったりしたけど。そんなの大間違い、めちゃんこ寒い
手がかじかんでる。急いで、麓を目指すことに。
麓に着いたのは良いものの・・・今度は、暑くて暑くて
長袖なんて、着てられないので着替える。
・・・溶ける、このままじゃ絶対溶ける。
久しぶりの、日光に体が溶けそうになっている。
日陰を探すが、何処にも見当たらない・・・
日が差している所で休むのは気が引けるので、お寺目指して
歩き続ける。67番のお寺に着き、日陰で休んでいると
ホームページ見てるよ、っとお寺の住職さんがお接待をしてくれた
・・・あ、ありがとうございます!あっけにとられていた。まさか、住職
さんが自分のホームページを見てくれるとは・・・ちょっと驚き。

納経やらなんやらかんやら済ませ、さっきの住職さんに納め札を渡しに行ってお礼を言う。んで、ここのお寺を後にする。
この日は、結構ゆっくり歩いていたのであんま距離は歩けなかったが
コーヒー珈琲と言う、珈琲屋さんでおいしいコーヒーをお接待してもらったりして、ちょっと大人になった気分がしたりと、なんやかんや楽しかった。
んで、銭形展望台の近くの東屋にテントを張ってそこで眠りについた。
以上。

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お遍路四十九日目

9月29日 平山バス停〜佐野町〜66番:雲辺寺 約13km 使ったお金0円

・・・外は大雨。これ、歩けるんだろうか?
外が大変なことになっていた。バス停の前が坂に
なっているのだが、そこが渓流のようになっていた。
どうしよう・・・とりあえず荷物をたたみ様子を見ることに。
この日、実は四国放送とはまた別のテレビ局から取材を
申し込まれていて。(テレビ局とはちょっと違うんだけど説明
すると長くなるんで、このままでいきます)

その人達との待ち合わせがあったので、佐野の町までは
行かなければならなかった。雨は止む気配をみせない
元気に雨は降り続いている。・・・このままじゃ待ち合わせに遅れる
レインコートで完全武装し、大雨の中、強行出発。
10分経たない内に全身ずぶ濡れ、恐るべしかな台風!
民家の駐車場に逃げ込み、雨が弱まるのを待つことに。
20分ほど様子を見ていると、少しだが雨脚が弱まった。
チャーンス!ここぞとばかりに、駐車場を飛び出す。
またあの嫌な音がする、グチャ、グチャっと一歩、歩く度にこの音が
する。あぁあぁ、気持ち悪い。

雨も小降りになってきた。佐野の町目指して、歩いていく。
境目トンネルが出現。このトンネル、愛媛と徳島の県境にあるトンネルなのだ。
境目トンネルたぁ、まったくもってそのままのネーミングだ。
トンネルを抜けると、県名が愛媛から徳島に変わる。
出口が見えてきた、100m・90m・80m・70m・・・・・・愛媛、脱出ー!
とうとう、愛媛県も歩き終えてしまった。あぁ、長かったような短かったような旅もとうとう終盤戦だ、ここまで来るとなんか寂しいような気も・・・
えぇい!こんな事言ってられん、88番:大窪寺での結願目指して
気合を入れて歩いていかねば!ここ、徳島から雲辺寺山を登り雲辺寺に着くと徳島から香川へと県名が変わる。今日中に雲辺寺まで行って、香川に突入だぁー!
・・・台風は、大丈夫だろう。そんな感じで雲辺寺目指して歩き始めると
取材の人達の車が横を通りすぎ、100mほど先で停車。ドアが開き、カメラマンさんが現れ、早速撮影が始まった。車の所まで行くと、中から知っている人が降りてきた、田平さんお久ぶりです~。がっしと、挨拶を交わし、カメラマンさんを紹介してもらう。
それで、雨の中今後の予定を話し、今後の予定を組む。5分で今の作業を終えて。
1km先の、佐野の小学校で待ち合わせをして、また歩き始める。
田平さん、つじさん(カメラマンさん)と合流し、雲辺寺の登山口まで歩いていく。
ここから、遍路ころがしの道に入るから2人はどうするんだろ?と思っていたが、普通についてきた。・・・2人ともやるなぁ、なんて事を考えながら山道を登っていく。
だんだん、風と雨が強くなってきた。んが!特になんの問題もなく雲辺寺に到着。

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雲辺寺への遍路道

にしても、寒い。さすが四国88ヶ所の中で一番高い所にあるお寺だ、寒いー。
手を使って、えせ乾布摩擦のようなことをする。本堂、納経所、。わけあって、大師堂は抜いて、お参りをする。・・・テレビ局のカメラが壊れるなどのハプニングもあったり雨がかなり強くなったりで大変なことに。ニュースを見ていると、今ちょうど台風が高知に上陸したとかで、今まで歩いてきた道が次々と映し出されていく。
高知の室戸岬から始まって、高知市、足摺岬、宿毛、大洲、松山、今治、新居浜
全部知っているとこだ、なんか懐かしんでいる場合じゃないのだが、色んな思い出が頭の中に、映し出されていく。どれも、これも今となっては本当に良い思い出ばかりだ。あぁ、懐かしいなぁ。本当あとちょっとで、88ヶ所巡礼も終わってしまう。
これからは、よりいっそう良い思い出が作れるよう歩いていこう、そう心に誓う。
・・・誓ってる場合じゃなかった、外は大荒れ。この後いったいどうなるんだろう?

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告知!

ラジオとテレビの放送日が決まったのでお知らせします。
まず、テレビから。
10月7日に四国放送の おはようとくしま と言う番組で、
前回の続編 15才のお遍路 高知編が放映されます。
もしかしたら、この日に結願するかもしれないという話をプロデューサーの方にしたら、
生で取材に行かしてもらうかもしれない、って言ってました。
これも、まだ確実ではないんですが。また詳しい事がわかったら報告さしてもらいます。

次、ラジオっす。
10月11日はFM徳島の ハートフルデー と言う番組の中で、約8分間この前のインタビューが放送されるそうです。
10:00~20:00 愛をテーマにした秋の特別番組。
それでくどい様ですが。リスナーの 桑原 千恵 さんのハートフルレポートという形で、約8分間放送されるようです。毎年恒例の特番だそうで、この時期になると、FM徳島の皆さん大忙しなんだそうです・・お疲れ様です。

どっちらも詳しい放送時間等わかりましたら、追って報告さしていただきます。
皆さん、どうぞよろしくです!!

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お遍路四十八日目

9月28日 別格霊場12番:延命寺〜65番:三角寺〜平山バス停 約24km 使ったお金 700円

昨日の夜一緒になったお遍路さんは予想通り、色んな話を
聞かせてくれた。相手のお遍路さんの、名は川尻さん。
話の大部分は、お遍路の事。何処何処に泊まってとか、
あのお寺はここがこうでとか、この先にある野宿ポイントを
教えてもらったり。とまぁ、こういった具合だ。それで、こういった
話が進んでいく内に、話もだんだんと深い方に向かっていく。
どうして、お遍路を始めたのかとか、きっかけは何かとか。
実はこうやって、どうしてお遍路をやっているのかという事を
お遍路さんに聞くのは、お遍路界ではタブーなのである。
相手が話してくれるのを待つ、それしか理由を知る術はなす。

・・・そういえば、三坂峠の善根宿に泊まったとき民也さん
(萩原さん)が、たまたま一緒になったお遍路さんに、
どうしてお遍路をやっているんですか?みたいな事を聞いて、
冷や汗をかかされた記憶がある。どうしようかとオロオロ
していると、善根宿の管理をされている方がうま~い事
民也さんに、説明してくれていた。
なんとなく、暗黙の了解的な部分もあるので、歩き始めの人
が聞いてしまうのしょうがない。どうして、教えておかなかった
んだと、反省。あぁーー、なんか懐かしいなぁ。
昨日の夜は、夕方の6時頃からずーーっと、夜の10時まで語り合った。
話が終わると、僕も川尻さんもすぐ眠りについた。

昨晩はやたらと暑くて、寝苦しかった。寝たんだか、寝てないんだか
よくわからないまま、朝を向かえる。・・・頭がボーーっとする。
のそのそと、荷物を片付けて、出発。川尻さんは先に出発していた。
歩いているうちに、だんだんと頭もすっきりしてきた。
新居浜市内を横切るようにして歩いていく。

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新居浜の工場

今日の目玉(難所)は三角寺、お寺が標高400mの所にある。
400mといったらそこそこの高さだが、横峰寺を制覇した僕に
とっちゃあ、余裕のヨッチャンである。だが、川尻さんがそこそこ
きついといっていたので、気を引き締めて登山開始。
・・・余裕じゃん。何の問題もなく、三角寺まであと1kmの
地点まで到着。ここで、パラパラと雨が降り始める。
少し急ぎ足で、三角寺に向かう。次第に雨も本降りになってきた。
レインコートを取り出し、身につける。レインコートを着ると、蒸す。
雨が降りだしたからなのか、レインコートを着たからなのかは
わからないが、残り1kmがやたらと長く感じた。三角寺の山門に
着く頃には、バテバテに。東屋があったので、そこで休憩することに。

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三角寺で雨宿り

1時間程で、雨が上がった。今日の目的地だった、椿堂の通夜堂
が無くなってしまったと言う情報を、今の1時間で入手。どうしよう
かなぁ~、なんて事を考えながら歩いていくと。とってもナイスな
バス停を発見。ロープを張り、とりあえずレインコートを乾かす。
それから、服を着替えたり、なんやかんやしていると、あっという間
に夜がやってきた。・・・しまった、買出しに行くの忘れた。今日は
晩御飯抜きかぁ~、とションボリしながらホームページの更新を始める。
7時半頃かな?近所のおばちゃんが、お接待ですと温かいお弁当をくれた。
おまけに、次の日の朝食まで。ありがとう、いただきますの言葉とほぼ同時にお弁当を食べ始める、それをお茶で流し込む。お弁当を食べながらで良いから話を聞いてちょうだいと、おばちゃんが話はじめた。
このおばちゃん、なんと先達さんだった。僕が驚いていると、笑いながらまた、話はじめた。前々から、先達さんはどのような事をするのか気になっていたので色々と、おばちゃんに質問する。

もぐもぐしながら、色んな話を聞かされ、時には質問する。
ご飯を食べ終わると、おばちゃんが、そろそろ帰りますねと
去ろうとする。ちょっとまってください!と呼びとめ、納め札交換をする。
それで、今度こそさようなら。またご縁があったらお会いしましょうーー!
雨の中、おばちゃんは自分の家に帰っていった。
話によれば、台風が近づいているとかで・・・明日、大丈夫なんだろうか?
ちょっと、心配。

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お遍路四十七日目

9月27日 石鎚温泉〜 新居浜市〜別格霊場12番:延命寺 約27km 使ったお金600円

起床!やっぱ布団は良いすっねー、体の疲れをばっちし取ってくれる。
えっほ、えっほと荷物を片付け、石鎚温泉を後に。
今日は、歩き始めになんとなくだが、お天道様の顔を見ることが出来た。
なんか、太陽を見るのが懐かしいという、とっても不思議な感覚におちいった。
歩いているとコンビニが現れたので、そこで朝ご飯にすることに。
パン3つと牛乳を買い近くのベンチに座りチャチャっと朝ご飯を済ませる。
30分ほど朝ご飯休憩をとり、また歩き始める。この時すでにお天道様はどこかに隠れてしまっていた。
住宅地を縫うようにして歩いていく・・・あんま面白い所じゃないなぁ。
午後になると、雨が降り始めた。レインコートを取り出し、身につける。
小雨の中を歩いていると、急におばちゃんに呼び止められた。
おばちゃん「ちょっとそこの兄ちゃん、これ持って!」
自分「へ?」
おばちゃん「早く早く。」
自分「は、はぁ」
おばちゃん「いいかい、これを車に乗っけるから手伝ってよ。」
自分「はぁ」
話の主導権は完全におばちゃんのもの、なぜかわからないが
急きょ引越しの手伝いをさせられることに。
20分ほどで、荷物を運び終える。
おばちゃん「兄ちゃん、こんなに頑張って手伝ってくれたんだ、きっと良いことあるよ」
別れ際に、お茶と、この言葉をもらった。
まるで、嵐が通り過ぎたかのような30分間だった。
・・・関西人は凄い、東京にもこういうのがあったらな~、なんて思わされた。
それにしても、元気なおばちゃんだったなぁ、幾つくらいの人だったんだろう?
たぶんあのおばちゃんの事だ、今も何処かで元気にしているだろう。
こんな経験初めてした、なんかやたらと感動してしまいワクワクが止まらない。新しい出会いを求めて、先を目指して歩いていく。

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目力・弘法大師

この日は別格霊場:延命寺の横の東屋で、野宿をすることに。
この東屋で、お遍路さんに遭遇。何回も歩いていそうな人だ
一体この後どんな話を聞かせてくれるのだろう、この後が楽しみでしょうがない。
やっぱ、出会いって良いなぁ~。

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花の名前ど忘れしてしまいました

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お遍路四十六日目

9月26日 61番:香園寺奥の院~64番:前神寺~石鎚温泉 約8km 使ったお金4000円

明け方の3時頃、61番:香園寺の奥の院の軒下で寝ていると、誰かに起こされた。
こんばんはーと、太いおじさんの声がする。目を開けてみたが、ライトの光が眩しくてよく見えない。警察かと思い、頭の中がパニクっていた。
ところが、そのおじさんがお接待をさしてくれと言う、それで手に何かを持たされた。
何を持たされたのか、手元が暗かったのでよくわからなかった。
ほな、おきおつけてー!という言葉とともにおじさんは何処かに去っていった。
・・・こんな時間にいったいなんだったのだろう、そんな事を考えながらまた眠りにつく。
6時起床、辺りはだいぶ明るくなっていた。ふと、手に何かを持っていることに気がつく。
何故か、夏目漱石を握りしめていた。・・・なんで、お金を持ってるんだ?
昨日何があったか、思い出してみる事に。が、お金を手に持って寝た記憶なんて何処にもない。そういえば何か変な夢を見たような気がする。
それが、最初に書いた明け方3時に現れたおじさんの話なのである。
・・・あれは夢だったのか、現実だったのかどっちなんだろう
手に1000円札を持っていたんだから、現実なのだろう。
けど、明け方の3時にこんな山奥にある奥の院にいったい何の用事があったのだろう・・・。
不思議だな~、謎のおじさんの怪だ。こうして、ここに明け方3時おじさんの怪が生まれた。

今日は水不足で、顔を洗う事が出来ない。なんかさっぱりしない状態のまま歩き始める事に。30分ほど歩くと民家の水道を発見。おばあちゃんがいたので
水道お借りしてもよろしいでしょうか?と聞くと、快く使わせてくれた。
頭から水を被り、気分爽快。あぁーー!気持ち良いー!かなりさっぱりした。
おばあちゃんにお礼を言うと、みかんを手渡された。
・・・なんすかこれ?と言うと、お接待、そう答えてくれた。
こんな事までしてもらっていいんだろうか、ありがとうおばあちゃん。
採れたてホヤホヤのみかんを食べながら、61番:香園寺に向かう。
おばあちゃんの家から10分と歩かないうちに、お寺に到着。・・・到着?
ここ、香園寺の本堂は劇場みたい形をしていて、お寺なのかどうかよくわからなかった。
こんなお寺初めてだったので、しばし観察することに。
・・・やっぱり、お寺?と首を傾げたくなるような、所だった。

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香園寺

この日は、FM徳島さんの取材が入っていたし、昨日の遭難事件で身も心も疲れていたのでかなり早めに終わらせることにした。64番前神寺の近くにある、石鎚温泉に泊まることに。
とりあえず64番のお寺まで行くことにする。順番通り、61・62・63・64とお寺を打っていく。
64番:前神寺このお寺で、FM徳島の取材の人達と合流することになっていた。
前神寺の門前に着くと、携帯が鳴る。電話の相手は、FM徳島の桑原さん。
今どこら辺にいるんですか?と聞かれる。今64番の門前に居ますと言うと駐車場の方から、桑原さんともう一人男性の方がやってきた。
2人とも、笑顔がよく似合う。んでお2人と合流し、とりあえず何処かでお昼ご飯にすることに。
萩山さん(FM徳島の男性の方)が運転する車で新居浜市内へと向かう。
ファミレスがあったので、そこで皆でお昼ご飯をたべる。食事の席で色々と、取材の前の下調べのような事をしながら、ご飯を食べる。ご馳走様でしたー!グプ、お腹いっぱい。
車に乗り込み、元居た前神寺に戻る。本堂でお経を上げ、納経所で納経をしてもらう。
それで、そのあとインタビュー開始。

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FM徳島:いんたびゅー

普段歩いていて、たまたま一緒になったお遍路さんや近所のおばちゃんなどに聞かれるようなことを色々と聞かれる。んが、今話をしている相手はプロのしゃべり手の方、それにマイクを向けられているから、色々と質問をされてもうまく答えることが出来ない。
あぁーー、あのおばちゃんに聞かれた時の方がもうちょっとうまく答えられていたなー
なんて事を考えていると、あっという間にインタビュー終了。つっても2時間ほど話はしていたのだが。

それで、その話の中でまたとんでもない企画が考えられてしまった。詳しくわかったらまたホームページに告知するが、ラジオに生出演するかもしれない・・・いや、まだ確実ではないんですが。まぁ、続報を待たれよ。

放送日や、番組名などを教えてもらい、お2人ともお別れの時間だ、さようならー。
二人を見送る。そのあと僕は、石鎚温泉につかり、ゆっくり、のんびりして疲れを取ったとさ。 おしまい。

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お遍路四十五日目

9月25日 臼井御来迎~60番:横峰寺~61番:香園寺・奥の院 約25km 使ったお金1300円

日記を書き始める前に書いておきたいことがある。
この日は、今まで生きてきた人生の中で最大級の危機に直面することになった、ok。

この日は7時に起床。
久しぶりに、気持ちの良い朝だ。カラッとまでは行かないが、そこそこ晴れている。
今日、60番:横峰寺へ向かう途中に遍路泣かせと言われているきつ~い山道が出てくる。
朝から、気を引き締めて歩いていかねば。山の麓までは、町の中を歩いていくので、なにもきついものはなかった。途中、スーパーで食パンを買い。軽く、朝ご飯を済ませる。
12時、横峯山の麓に到着。目の前に、雲で頂上が見えなくなっている山がそびえ立つ。
デッカイなぁ~!本当大きい、これは気合を入れて登らねば。そう思って、登ってみたら道は舗装されていて、かなり歩きやすかった。気づいたら、横峰寺の2km手前まできていた。
ちょっとここで、一休みしてから上を目指す事に。ここで休んでいると、車に乗ったおばあちゃんがお接待でお茶をくれた。のどが渇いていなかったので、ザックにしまい後で飲むことに。
2km手前の所から山道を上がっていくのだが、この山道もそんなきつい物でもなかったし。
横峯山そこそこ、疲れはしたけれども、噂よりかは、はるかに楽だった。
4時半、60番:横峰寺に到着。辺りは、ほんのりと暗くなり始めていた。
御参りを済ませ、納経所で、納経をする。納経所のおっちゃんに、
下までどれくらいでつけるか聞くと、2時間で麓に着くと教えてくれた。
2時間か・・・7時までに麓に着けるのだったら、特に問題はないだろうって気持ちで下山することに。この判断が間違いだった。
この後に起こった出来事は、多分一生忘れないと思う。

5時下山開始。
下山を開始したとき、空は綺麗に晴れていた。
木々の間から木漏れ日が差し、とても気持ちよく歩けた。
が!しばらく、歩いているとだんだん雲が空を覆い始めた。
6時、辺りがかなり暗くなり始めたのでヘッドランプを取り出して
装着、これでだいぶ歩きやすくなった。たまに木の間から、夕焼けが
覗け、ちょっと感動。

香園寺奥の院まで、3.6kmという看板を最後に40分ほど歩いたが、
あれから、1つも標識を見ていない。・・・ちょっと、おかしいかな?
と思ったが、まぁ大丈夫だろう、と思い、先に進む。

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例の看板です

あれから20分ほど歩いてみたが、やはり標識はでてこなかった。
これって、迷ったんじゃ・・・そう気づいた時には、辺りは真っ暗。
ヘッドランプの明かりしか、道を照らすものはない。
迷ったと思ったらその場を動くなと言うが、この真っ暗闇の山の中で
一晩過ごすのは、あまりにも怖かった。今来た道をそのまま戻れば
大丈夫だろう、そう思い、ヘッドランプの明かりを頼りに、今来た道を戻る事に。
体も結構疲れていたし、精神的にもだいぶ参っていた。けど、一番きつかったのは、乾きだった。迷ったと気づいた時には、水筒の中に250ml水が入っているだけだった。
・・・このとき、体中から血の気が引いた気がした。
ちびちびちびちび、水を飲みながら、遍路道の標識を目指し、歩いて戻る。
40分ほど歩くと、なんとなくだが、見たことのありそうな場所まで戻って来ることに成功。
けど、まだ看板は見当たらない。自分が歩む音も聞こえない、それくらい疲れていた。
あれから、30分ほど歩くと、やっと看板が出てきた。この看板を見たときの安堵感といったらもう。
けれど、麓までまだ4km近くある、この時手持ちの水の残量は0、果たして無事に麓まで着くことはできるのだろうか?
20分歩くだけで、のどがからからに。まだ下まで2kmもあるのに・・・
出来るだけ、口で息をしないようにしながら歩いていく。
のどの奥の方が、くっつくような感じがしてきた・・・このままだと、俺死ぬんじゃないかな。
そんなことを、考え始めていた。奥の院まで1・6kmのとこでベンチが出現。ヘロヘロとそこに座り込んで、まったく動けなくなってしまった。
何も考えず、何も動かさず、ただそこに居るだけ物になっていた。
虫の声がやたらと、はっきりと聞こえた。
ほんと、ただボーーーっとしていた。
本当なら、今頃日記を書いて、寝ようとしてるんだろうなぁ~なんて事を、考えていた。
なんとなく、今日一日の事を思い出してみた。
朝起きて、ご飯食べて、山を登り、休んで、お接待でお茶をもらって・・・・・・・・・・・・・・・
お茶があるじゃん!そうだお茶がある!ザックをあけると、おばあちゃんがくれたお茶が輝いていた。おおお!おばあちゃん、あなたは命の恩人だーー!

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このわんこの飼い主が命の恩人さん

おばあちゃんにいただいた、お茶を大切に飲む。このお茶は、本当においしかった。
おばあちゃんのお茶の、おかげで元気回復。さぁ!最後の一分張りだ!
奥の院目指して、小走り気味で、山を下りていく。
奥の院が見えたときには、全身の力が抜けた。急いでマットを取りだし、その上に寝袋をしいて。倒れこむように、眠りについた。

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お遍路四十四日目

9月24日 56番:泰山寺~59番:国分寺~臼井御来迎 約22km 使ったお金1300円

今日も朝から、雨・・・いつになったら晴れるのだろう。
気分は憂鬱、なんか歩こうって気が起きないのだ。1時間ほど、ぼーーっとしていた。
少しでも良いから歩いておこうと思い、のそのそと行動を始める。
歩き始めたのが9時頃、今日はだいぶゆっくりと、行動している。
さてさて、57番のお寺が見えてまいりました。結構静かな所にある、さびしい感じのお寺だった。雨の中で、お経を読み上げる。最近、お経がだいぶそれっぽくなってきたと思う。
上達しているみたいだ。

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かえる

雨は止む気配すら見せない、ひたひたと雨の中58番:仙遊寺に向かう。この仙遊寺は、小高い山の上にあるお寺だったので、登るのが大変だった。
雨のせいで、岩が濡れつるつると滑る。頂上に着くまでに、3回も転んでしまった。
この怒りは何処に~~やり場のない、怒りがこみ上げてくる。
こういった時は、思いっきり叫ぶん、そうするとかなりさっぱりする。
本堂で御参りをして、軒下をお借りして一休み。なんか、時間がゆっくりと流れていて良い感じである。休憩中に雨は上がっていた。これはうれしいっす。
レインコートをぬいで、気分爽快!59番:国分寺目指してガンバリましょー!
どろどろの、坂道を下っていく。ずるっと滑ったり、がこっとつまずいたりしたが、転ぶことなく麓まで、たどりつけた。
58番以降の山道以降は、単調な舗装路をえっちらおっちら歩くだけの退屈な道のりだった。
んで、この日の目的地に到着。臼井御来迎と言う所なのだが、ここは凄く良い所だった。

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臼井御来迎

弘法大師が水を湧かせた地として、結構有名な所らしい。今も水が枯れることなく、モクモク湧き出ている。この水が結構おいしくて、がぶがぶと飲みすぎたせいで、
お腹がタポン、タポンいっている。ちょっと、苦しい。
ここは、立派な小屋があり、夜になると電気もつくし、コンセントもある。
pcをいじくるには最高の環境だ。よーしこれから、ホームページの更新だ!

あとがき:今日はこれといって、珍しいことがなかったなぁ~。たまには、こういう日があっても
いいかな?

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お遍路四十三日目

9月23日 道の駅:風の郷・風和里〜54番:延光寺〜56番:泰山寺 約27km 使ったお金1000円
今日も曇り空~、いったい何時になったらお天道様の顔がみれるのだろう・・・
今日は、お昼から朝日新聞の取材がある。待ち合わせの場所は、ここ道の駅・風和里から20km離れた、54番:延光寺。待ち合わせの時間は午前11時・・・まぁ、なんとかなるだろう。
そんな気持ちでいるから、間に合わなかった。約束の時間が来ているのに、まだお寺まで6kmもある・・・これはマズイ。休憩を取る余裕なんてない、急いで延光寺に向かう。ガシガシ歩いていると、携帯がなった。電話の相手は今日取材にくる、記者の小椋さん。どう言いわけしようか考えながら、電話にでる。
すると、小椋さん事故に巻き込まれてしまったらしく、一時間程遅れるとの事。
1時間後に、またお会いしましょうと約束をして、電話を切る。
事故って・・・大丈夫なのかな?

さっきの電話から1時間、丁度64番:延光寺に到着。
小椋さんは何処かな~、と探してみるが姿が見えない、
まだ着いていないようなので、小椋さんが来るまでに御参りや、納経を済ます事に。
本堂に御参りをしに行くと、見たことのあるおじさんが居た。
あれはたしか~、たまちゃんのお父さんじゃなかったけか?
おそるおそる近づいていくと、お父さんの方から声を掛けてくれた。
お父さん「頑張ってここまで、歩いてきたな~あれから、ちょくちょく日記読ましてもらっているよ。」
との事、実はたまちゃんのお父さんとは、あの空白のお遍路3日目で1度お会いしているのだ。
あの時は、色々とご迷惑をおかけいたしましてゴニョゴニョ・・・すいませんでした!
そう言うと笑顔で、別に良いよと言ってくれた。なんていい人なんだ・・・グスン。
お父さん、と話をしていると、後ろの方で悲鳴が。何事ぞ!と思い、ドキドキしていると
転んだ~、と言いながら、たまちゃんが登場。おぉ!たまちゃん!じゃないですか。
笑顔の大師、たまちゃん あのお遍路3日目に、お会いするはずだったのだが、自分が馬鹿やった、ばっかりに、会うことが出来なかった。もう、会うこともないのかなぁ~、
せっかくの機会を逃してしまったなぁ~、とどこかのお馬鹿さんは涙ぐんだりしていた。
が!その、たまちゃんが今目の前にいる。巡り会わせって奴だろうか、なんか不思議だよな~。
嬉しい、まさかたまちゃんにお会いできるとは思ってもいなかったから、非常に嬉しい。
別れ際には、握手をしてもらったし、たまちゃん特性の数珠までくれて、もう気分は最高である。
さすが、笑顔の大師様だ、本当に素敵な笑顔だった。

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たまちゃんがくれた、数珠

ハイなテンションのまま、本堂でお経を読み上げる。大師堂でも、同じように読み上げる。
階段を下りると、岡田君だよね?と男性の方が声を掛けてきた、お!小椋さんかぁと思い、
話掛けると、まったく別の人だった。この男性、僕のホームページを見てくれていて、松山から追いかけてきてくれたらしい。なんか、見ず知らずの人が自分のホームページを見てくれていて、それで岡田君の後を追いかけてきました、とか言われるとやたら嬉しい。
それだけで嬉しいのに、お接待までしてくれた。・・・自分もう感動っす。
納め札を渡し、写真を撮らしてもらい、お別れをした。

・・・あぁ!しまった、握手してもらえばよかった、そう思った時には、時すでに遅し、あの男性は車に乗って去っていった。ちょっと残念だが、そう落ち込んでもいられない、元気を出して次のお寺に出発ー!その前に、小椋さんに電話をする。
小椋さん悲惨なことに、またなにかトラブルがあったらしく、もう2時間ほどかかるとの事で、・・・かわいそう。56番のお寺で会う約束をして、電話を切る。
うっし!こんどこそ、出発ー!1時間ほどで次のお寺、55番:南光坊に到着。
ここ55番のは、風車がたくさんある、風が吹くたびに、くるくると風車が周りとてもきれいだった。

92
南光坊の風車

納経所に行き、納経を済ませ、掛け軸を乾かしているときにとんでもないものを発見。
家の親父のサインだ、しかも今回はお寺に飾られてるよ・・・(笑)
親父のサインを写真に撮り、納経所を後にする。

ここから次のお寺まで3km、かなり近い所にある。時間に余裕もあったのでコンビニで軽く腹ごしらえをすることに。パンを二つ買い込んで、外でもりもり食べていると。岡田君?と若い男の人が話しかけてきた。今度こそ小椋さんだろうと思い、話かけると、大正解小椋さんだった。予想より若い人だった。
とりあえず、56番のお寺まで行き、荷物の整理する。んで、その後
近くの温泉へ行きそこで、色々と話をする。今回の取材が今までの
取材の中で、1番自分の言いたいことが言えた。

いつの新聞に載るかはまだ決まっていないそうなので、何時掲載されるのかわかり次第、またホームページで告知します。
皆~、よろしく~!


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お遍路四十二日目

9月22日 51番:石手寺〜53番:円明寺〜道の駅:風早の里風和里 約26km 使ったお金1300円

今日からまた本格的に歩き始めようというのに、外は雨。
もういいかげん・・・うんざりだす。
さてさて、今日は52番のお寺で、若者歩きお遍路さん
達に遭遇。色々と話を聞かしていただきました。
・・・この、5日間一人でお遍路をしていなかったので
なんか、こうやって話すのが新鮮だった。

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仏様・・・生きてる?

雨、雨、降れ降れ、にゃんにゃにゃんにゃにゃ~(ごまかし)♪
雨ってさ、こんなに立て続けに降るものだっけか?
ここの所、太陽が出てる日が少ない、少なすぎる。
こんなに、よく毎日のように雨が降るのは初めてだと、地元の人は言う。
異常気象って、やつかな?誰も、ゴミが気候を変えるなんて思わなかったんだろうな~。ゴミといえば、この四国88ヶ所は大変なことになっていますよ。
善根宿や通夜堂や休憩所にゴミを置いていく人が増えているのです。
それが原因で今、そういった宿や休憩所がバンバン無くなっていっている。
・・・お遍路のマナーが悪くなるにつれ、宿が無くなる、これぞまさに因果応報なり
っと、ちょいとゴミ問題にふれてみました。けど実際の話、歩いていて思う。ゴミが多すぎる、本当に。特に海岸なんて、ひどい有様だ、防波堤を挟んで海を見るととても綺麗に見えるが、防波堤と海の間に砂浜がある、この砂浜が汚い汚い。
ゴミ置き場のようになってしまっている。これじゃあ、世界遺産に登録されないっすよ、まったく。

道の駅:風の里・風和里ここは最高の道の駅だ、シャワーはあるし、目の前が海だし、トイレは綺麗だし、いう事なし。

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道の駅:風和里

それで、今日は結局1日中雨だった。この道の駅で、うまい事屋根を見つけ、
その下にマットをしいて、この日は寝た。

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9月21日 51番:石手寺~松山市内で遊ぶ~伊予鉄健康ランド 進んでない 使ったお金 4000円

今日は松山市内で、映画を見たり。
道後温泉に入ったりして、つかの間の休日を味わうことに。

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ロード88

ロード88は結構面白かったし、道後温泉は気持ちよかったし。もう、最高!

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道後温泉

終いには、健康ランドに宿泊するわで。贅の限りを尽くした一日だった。
でも、ホームページの更新は頑張りました。

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お遍路四十一日目

9月20日 48番:西林寺〜51番:石手寺 約10Km 使ったお金 1000円

あぁ~、布団で寝たのに全然疲れが取れない。やっぱ、昨日の
ショックが大きかったようだ。 鏡で自分の顔を見てみてビックリした。
目が真っ赤に充血していた。相当疲れが溜まっているようだ。
寝ているときに汗をかいていたらしく、全身がむず痒い。
お風呂に入って、体を洗う。朝から、風呂に入れるなんて
、なんて贅沢なのだろう。体も頭もリフレッシュ!気持ちよかった~。
服に着替え萩原親子と、食堂に向かう。食堂に到着、板東さん達はもう来ていた。
皆お遍路さん姿で、朝ご飯を食べる。ちみっこ達に、昨日はよく寝れたか聞いてみると、板東さんの奥さんが答えてくれた。
板東姉妹は、昨日の夜部屋に帰ったらすぐに寝付いてしまったそうで・・・
やっぱり、相当疲れていたようだ。朝早くから起きて、お寺を回るだけで相当疲れるだろうに、その後皆で揉みくちゃになるまで遊んだら、体力も底をつくに決まっている。
颯人(はやと)も、部屋に帰ったらすぐに寝てしまったし、皆!お疲様れでした~。
朝ご飯を食べ終わり、部屋に荷物を取りに行く。忘れ物がないかチェックして、部屋を出る。
ホテルの入り口で、皆で記念撮影。民也さんカメラ、板東さんカメラ、岡田くんカメラの順で撮影していく。皆の写真を撮れて、我輩とっても満足である。
板東さんの車で、昨日待ち合わせをしていた西林寺まで送ってもらう。
その道中車内が大変なことに!子供達(僕含む)は後ろの席にまとまって座っているのだ。んで、何かの拍子でスイッチが入ってしまったらしく
また、揉みくちゃになって大騒ぎが始まった。これから、また巡礼だろうに、こんな大騒ぎして体力がもつのだろうか?だが、そんなことお構いなしに皆で大騒ぎ。子供達を見ていると、羽目を外しきれない自分がちょっと嫌になった。
48番:西林寺に到着、ここで板東さん達ともお別れだ、うぅ寂しいっす。
皆さん~、お気おつけて!あぁ~~~、行ってしまわれた。
あんだけ車内で大騒ぎして、板東さん姉妹は、今日体力持つのだろうか?
家の颯人もちょっと心配・・・
にしても、この暑さちょっと洒落になってない。まだ、9時だというのに
昨日の最高気温を越えてしまっている。・・・今日歩いて、大丈夫?
だが、今日で萩原親子は東京に帰ってしまう。予定していた
51番:石手寺までは連れて行こう、そう決心。
猛暑これぞ猛暑だ、1km歩いていないのに、体がばてている
暑さで、どんどん体力が削られていくのがわかる。
皆で気合を入れて歩いていく、49・50・51番:石手寺に到着!
やったー!やっと着いたー!これで終わりだー!と言う、颯人を
冷たい目で見る。ちょっと意地悪な事を言ってやる。
颯人はここからが始まりだよ、四国88ヶ所一周頑張ってねー!
ぶんぶん、と首を振る颯人。まぁ、まだ颯人には早いな。
けど、颯人は四国88ヶ所を歩いて回る人の最年少記録を作ると
僕と約束してくれた。                      (ウソ)

今日は僕もここで終わらすつもりだったので、萩原親子と椅子に座り
のほほんとする。なんとなく、目の前を通り過ぎたおじさんの顔を見てみる。
・・・・・・・おっっちゃん!!かなり、大きな声で叫んでしまった。
なんと、焼山寺越えで一緒になったおじさんだった。
あれから1ヶ月ほどたち、おっちゃんの事なんてすっかり忘れていたら
おっちゃんが出現。このおっちゃん、あの焼山寺への遍路道を水一滴を持たずに歩いていたから、結構印象に残っていたのだ。
道の駅で、一晩一緒に過ごし。翌日の朝別れ、その後
一度も出会うことはなかった。が!あれから、約1ヶ月
あのおっちゃんが目の前にいる。これが、めぐり合わせってやつかねぇ
おっちゃん話によれば、一度家に帰り再度お遍路にチャレンジしているとの事
・・・すごいっすね、お互い目が点である。
こんな風に再開するとは・・・あまりの懐かしさに、互いに話に華が咲く。
萩原親子の事なんてそっちのけで、おっちゃんと話し合っていた。
30分ほど話し合い、納め札交換をし、おっちゃんと別れた。
・・・なんか感動である。
さぁて、萩親子が帰る時間がやってまいりましたよ。
立石さんに車で駅まで送ってもらい(詳しいことはまた、別の機会で)
萩原親子とお別れをした。その時、颯人が僕に万歩計をくれた。・・・これは、面白いものをもらった
明日から、一日何歩歩いたか、日記に書いていこうと思う。


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お遍路四十日目

9月19日 三坂峠〜46番:浄瑠璃寺〜48番:西林寺 約17km 使ったお金0円

昨晩は布団で寝かしていただいたので、体の方は絶好調である。
朝から山道が出てきたが、何の問題もなく歩くことができた。
今日から松山市内に入る、今まで歩いてきて思ったがこういった都市
を歩くのが一番つまらない。人はわんさか居るが、挨拶なんてほとんど
されないし、する事ができない。
熱ーーい日差しの下、アスファルトで固められた道の上を歩く。
これが一番つらい、上と下から熱せられ体力がドンドン削られていく
公園を見つけては休憩を取り、足の疲れを取る。
バテバテになりながら、歩いていくと。
48番:西林寺に到着、実は今日ここ西林寺で、前にお接待をしてくれた板東さんと待ち合わせをしている。椅子に座って休んでいると、お遍路姿の板東さんご夫婦と三人のお孫さんが山門の方からやってきた。
ありゃ?たけし君がいないぞと思いながらも、板東さんご夫婦に挨拶をする。
後で聞いた話だが朝早くから起き、すでに10数個のお寺を回っているとのことだった。
それなのに三人のお孫さんはとても元気だ、お寺の境内を走り回っている。
やっぱり若さは凄いと思わされた。ちょっとここでお孫さんの紹介をさせてもらおう
長女のなつきちゃん 小学校5年生 颯人(はやと)とおない年
次女のゆきちゃん  小学校2年生
三女のなるみちゃん 弟のまくろと同じ年で3歳、全体的になるみちゃんのほうがまくろより、しっかりしている。 ・・・名前、間違えていたら申し訳ないっす。
それにしても皆さんの顔がやたらと懐かしい、今さら何をと思うかもしれないが歩き始めてすでに40日たっている、板東さんご夫婦に始めてお会いしたのが
歩き始めて2日目だから・・・1ヶ月と1週間ぶりの再会だ。そりゃ、懐かしくもなるわなぁ。
それで、御参りをしていた民也さんと颯人に挨拶をしてもらう。
その後、板東さんのマイクロバスでホテルに連れて行ってもらう事に
・・・着いたホテルが、ちょっとしゃれにならないくらい凄い所だった。
話によると、家の親父をお接待していただいた時も、ここのホテルを
使ったそうで・・・もうすごいの、一言である。僕と颯人と民也さんとで、ぽかーんと
させられていた。ひとまずここで板東さん達と別れ晩御飯の席でまたお会いすることに。
ホテルの人に部屋まで案内していただく。中にはいってまたビックリさせられた。
部屋が綺麗なこと綺麗なこと、こんな所見たことがない。
荷物の整理整頓をし、とりあえず皆でお風呂に入りにいく。
2日ぶりのお風呂だ、最高に気持ちが良い。頭をガシガシ洗い、
体も洗う・・・力太郎が作れてしまうのでは?それくらい、体が汚れていた。
萩原親子と露天風呂に入る、ゆっくりと時間が流れていく。萩原親子
とまったりしていると、板東さんが来てくれた。板東さんが、色々と話を
聞かせてくれた。いいっすね、いいっすね、これぞ裸の付き合いだ!
たのしいっすねぇ~、いいっすねぇ~、だがこういう時間はあっという間にすぎてしまう、夕食の時間が迫っていたので、お風呂を出ることに。
用意されていた浴衣を着る。臭い服を着ないでいいとなると、実に気分が良い。
民也さんが、お孫さん達にお土産を持ってきているので部屋に取りにいっていいですか?と聞いてきた。・・・あれ?そういえばなんで民也さん敬語使ってるんだ?
と、同行してから三日目にしてやっと気づく。今はちょっと時間がないので、後で聞くことに。
まぁ、結局聞くのを忘れてしまったので理由はわからなかったのだが・・・。東京に帰ったら聞いてみよう。
急いでお店に向かった、お店に到着。襖を開け中に入ると・・・板東さん達はまだきていなかった。少し時間に遅れていたので、待たせてしまっていたらどうしようと無駄にドキドキしていたが、一安心だ。少し待っていると、板東さんご夫婦が到着、その後ろから浴衣を着た、3姉妹が登場。3人とも、すごく可愛かった。
ちいまま(なるみちゃん)が、皆の前で阿波踊りを踊ってくれた。
か、かわいい~。その姿を、しっかりと写真に撮らしてもらった。

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ちいまま(なるみちゃん)の阿波踊り

もう子供達がノリノリであんなに疲れていた颯人も一緒になって
騒いでいた。あっしも一緒になって騒いでいたが・・・。

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板東さんシスターズ+颯人

それでこの時、次女の ゆきちゃんに、一瞬だが何か凄いものを感じた。
まだ、小学校二年生なのに、自分より大人に見えてしまったのだ。
前に、板東さんの家にお邪魔したときは、長男の、たけしくん
に同じ物を感じた。といいますか、たけしくん わずか小学校6年生にして自分なんかより全然大人です。御見それしました~。
おそるべしかな、板東さんファミリー。
10時、明日朝早いので今日はここでお開きにすることに。
部屋に帰って、布団に倒れこんだ。だが、いい加減ホームページの更新をせねばという気持ちに駆られ、pcの電源を入れる。2人が寝た後、2時間ほど日記を書いていた、日記も完成したので更新ボタンを押す。何を思ったかこのpc、2時間必死こいて書いた日記を一瞬の内に消してくれた。
・・・がっくり、心から落胆させられた。もう書くのが嫌になり、とりあえず眠ることにした。


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お遍路三十九日目

9月18日 古岩屋荘〜45番:岩屋寺〜三坂峠 約24km 使ったお金500円

この日は、皆で朝の6時に起床。
しばらく、ボーーっとしてから、片付けを始める。
2人はまだ少し眠そうにしていた。僕もまだ眠かった。
颯人(はやと)の朝起きてからの第一声は
 地面がゴツゴツしていて、寝れなかった。
はやとっちの、テントで寝たいという熱い要望に答え
テントを張って寝たら、ゴツゴツしていて寝れなかった。
そう、言われてしまった。・・・ガーン!それはちょっと、凹む。
やっぱり初日から野宿させたのは、無茶だったかもと少し反省する。

ここ古岩屋荘から45番:岩屋寺に向かうのには、二つルートがある。
一つ目は、国道を使って、ゆっくりと坂を上っていくコース
二つ目は、結構険しい山を一つ越え、遍路道を歩むコース
一つ目の方が距離も短いし、坂もなだらかなので全然楽なのだ。
その事を説明して萩原親子どっちが良いかに聞いてみると。
光永君に任せる。と、そういわれてしまった。僕としてはせっかく
の機会だし、出来るだけ遍路道を歩きたかったので、山を越える
ルートを選択した。この山越えの道は噂通り、結構厳しい道で、かなりの傾斜がある坂を1km近く登っていった。荷物を背負っていない僕ですらばてた、
まだ歩き始めて2日目の萩原親子にとってはかなりきつかったみたい。
2人とも杖を頼りに、必死になって登っていた。頂上に着いた頃には
話す気力もなくなってしまったみたいで、ベンチに座ってただボケーーっとしていた。
30分ほど休んだので、また歩き始める。颯人(はやと)に後はずーっと下りだよ、そう教えてあげると、元気が出たみたいで、先頭を歩いてくれた。
先頭を歩くと、蜘蛛の巣に引っかかるなんてしらない颯人(はやと)は
何度も蜘蛛の巣に引っかかり、イライラしていた。後ろから蜘蛛の巣を払おうとしている颯人を見ているとかなり可笑しい。笑いをこらえながら、颯人の後に着いていく。
山頂から2時間ほど歩くと、45番岩屋寺に到着、ここのお寺は凄いオーラを放っている。

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岩屋寺

とても良い雰囲気なのだが、団体客が何組もいて、それの雰囲気をぶち壊しにしてしまっている。団体の方たちも、お遍路さんであるには変わりないが、もう少し静かにしてもらいたいものである。くちゃくちゃ、くっちゃべって、まともにお祈りすらできない。
それに付け加え納経所にいくと、大行列ができていた。近くにいたおじさんが、
1時間待ちだなと、とんでもないことを言っていたが、おじさんのいっていた通り、1時間近く待たされた。なんか、団体さんが嫌いなってしまった。だいぶ、時間をロスしてしまった。いそいで、お寺を出る。帰りは車道を使ったので1時間半で古岩屋荘にもどれた。行きは、3時間かかったのに・・・。
荷物をピックアップして、お昼ご飯を食べ、46番:浄瑠璃寺目指し出発!
昨日歩いた道を、今日もまた歩く。今日は雨が降っていない分だいぶ楽に歩けた。

途中で色々とあり、萩原親子とはぐれてしまった、それも山の中で。
・・・これはやばい。何度か携帯に電話をしてみたが繋がらない。
あぁーー!どうしよう!そう、あせっていると向こうから電話がかかってっきた。
三坂峠で待ち合わせをする約束した。近くにラーメン屋があったので、そこで腹ごしらえをして、三坂峠を目指す。このラーメン屋から三坂峠まで約8km、待ちあわせの時間に遅れそうになっていたのでだいぶあせった。ここからの僕は怒涛の歩きをみせ、8kmを1時間半で歩いてみせた。おぉ!やるじゃん!待ち合わせの時間にも間に合い、無事2人と合流した。
今晩は三坂峠の近くに善根宿があるのでそこに、とめてもらうことに。前回歩いたときもここにとめていただきその時みた夜景が、今でも忘れられない。2人にどうしてもこの夜景を見てもらいたくて
今日はちょっと無理してここまで歩いてきたのだ。記憶どおり、すばらしい夜景が見れた。
こういう、楽しみがあるから、お遍路はやめられない。寝る準備などをし、その後
この善根宿を管理されている方たちと、夜遅くまで一緒に語り合った。最高に楽しい夜だった。
横から、いびきの大合唱が聞こえてきたりもしたがそのあと布団のなかで、グッスリと眠った。

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三坂峠の善根宿

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お遍路三十八日目

9月17日 小田町上田渡~44番:大宝時~古岩屋荘 約21km

今日は、昨日の日記で書いた 通称:クマ親子 じゃなくて、萩原親子がやってくる。
この小田町上田渡のバス停から、15km離れた大宝寺、このお寺で10時に二人と待ち合わせをしている。もし、待ち合わせの時間に遅れたらまずいので、いつもより早めの、朝の4時に起床。
待ち合わせの時間をちょっと早くしすぎた・・・と、後悔したりしなかったり。
それにしても、やたらと寒い、ちょっとこの寒さはまずい。レインコート
を着て、防寒対策を・・・それでもまだ寒い。気合を入れて、寒さに対抗する。
ブルブルと震えながら荷物を片付ける。昨日買っておいたパンで、腹ごしらえをし、それで、その後近くの自動販売機で温かいお茶を買って、一息つくことに。
体が芯から温まった。準備体操をして、体の筋肉をほぐし、上田渡のバス停を後にする。歩き始めてもまだ日は昇らず、辺りは真っ暗、けど不思議と怖さはない。
むしろ、この暗さは楽しいと言いますか、こう心が躍る。
文では伝えにくいかもしれないが、日が沈んでからやってくる夜(闇)は
かなり怖い。立ち止まると、何かに襲われるんじゃないかという恐怖心
に駆られる。その反面、この日が昇る直前の夜(闇)は楽しい、前者とは違い
自分にとって、とても良い影響を与えてくれている気がするのだ。
けど、どうして同じ夜(闇)なのにこうも違いを感じるのだろう?
不思議だ・・・おんなじなんだよ、この夜(闇)はそれなのにこうも違いを感じるとは不思議だね~ 同じで違う もうこれは、不思議としかいいようがないですよ。
だんだんと日が昇り始め、辺りが少しづつ、日の光に照らされていく。
この、朝日の光でみる風景はとても幻想的だ。なんだろう、こう
 静 そんな感じの空気が充満しているのだ。こんな、すんばらしい
物が見られるのなら、早起きも悪くない、そう思えるようになってくる。

44番:大宝寺、そこに行くためには、一つ峠を超えなければいけない
 ひわだ峠 この峠だ。長ーーい、車道をえっちら、おっちら登っていく。
車道を歩いている途中でお遍路さんに遭遇、走って追いかけ
横に並んで、挨拶をする。おはようございま~す、とこんな具合だ。
最初のころは、この挨拶にも一苦労させられていたんだよなぁ~。
今となっては良い思い出だが(笑)。
88ヶ所を半分も回ると、挨拶なんて息をするのと同じようなものである。
いつのまにか、体にしみついていたようだ。
このお遍路さんと山道に入るまで一緒に歩き、山道入り口から別行動をすることに。
何度も息を切らしながら、頂上を目指す。途中二・三度休みを取りながら上へ上へと登っていく。蜘蛛の巣に何度も引っかかり、いい加減嫌になった所で、頂上に到着。
ぐはぁーーー!疲れたーーーー! と誰もいない山頂で、大声で叫ぶ。
ベンチがあったのでそこに腰掛、休憩する。
本当に静かで、自分の心臓の音と呼吸音しか聞こえない。

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ひわだ峠にこっそりと居た、仏様

20分ほど、ぼ~っとしていた。あぁ!いかん、待ち合わせの時間に遅れる!
大慌てで、山を下りる。山の麓にある町、久万町ここに着いた瞬間携帯が鳴った。
電話の相手は萩原さん。今、松山についてこれからバスに乗ってそちらに向かいますとの事だった。それならまだ2時間ほどかかるな・・・はぁ~これで一安心だ、正直待ち合わせの時間に遅刻しそうになっていたので、こちらとしては非常にありがたかった。

時間に余裕も出来たので、近くのコンビニで朝ご飯を買い込んだ。
コンビニの前に座り込んで、足をのばしながら今買い込んだものを
もりもり食べる。お腹も満たされたので、大宝寺に向かう。
10分ほど歩くと大宝寺到着、この44番:大宝寺は、
お寺より回りに生えている木に興味が湧く。ここに植えられているほとんどの木は、
樹齢1000年以上のものだそうだ。もしかしたら、この木達は若かりし頃の弘法大師の事を記憶しているんじゃないかな?そんな風に考えると、なんかとてもわくわくさ
せられる。じーっと木を見ていた、この木なら何時間でも見ていられる気がした。
突然、大きな音が鳴り響き、ビクッ!とさせられた。ポケットの中で携帯電話が鳴っていた、
電話の相手は萩原さんだった。
今大宝寺の下についたとのことで、しばらく待っていると二人が現れた。
まず最初に笑わしてもらった。萩原さんの息子さんの颯人(はやと)、彼が自分の背丈と同じくらいある荷物を背負ってきていたのだ。階段をフーフー言いながら登ってくる姿が可笑しくて、可笑しくて、だいぶ笑わしてもらった。

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萩原親子

取り合えず椅子に座って一息ついてもらい、それから今後の予定を伝える。
お二人ともこれから4日間、よろしくお願いします!!とまぁ、挨拶も終えたのでそろそろ、出発することに。よっし!しゅっぱ~つ!したのは良かったが、
歩き始めて一時間後、雨が降り始めた。
雨が降ると休める場所が限られてくる、道端に座って休むことが出来ないのだ
これは肉体的にかなりしんどい、それも初日の初日でだ。
お大師様も何か考えがあるのかもしれないが、これはちとかわいそうだと思う。
目的地の古岩屋荘まで2時間ず~っと歩きっぱなしで、颯人なんか死にそうになっていた。
けど、なんだかんだちゃんと着いてきてくれていた。
ちょっとビックリさせられた、あの颯人がここまで着いてきてくれるとは予想外だった。
民也さんは民也さんで歩きながら颯人を励ましてたし、この親子何気にやってくれる。
二人の頑張りを、ゆかりさん(民也さんの奥さん)に見せてあげたかった。
颯人は晩御飯のとき話す元気すらなかったようで、その姿はまるで
歩き始めの頃の自分を見ているようで、なんか懐かしかった。
颯人、民也さん今日一日おつかれ様でした。


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お遍路三十七日目

9月16日 十夜ヶ橋~内子町~小田町上田渡 約25km 使ったお金1500円
十夜ヶ橋、噂では最悪の環境だと聞いていたがそこまでひどい物でもなかった。
まぁ、多少車のエンジン音が気になったりもしたが、グッスリ眠れた。
・・・残念な事に夢は見れなかった、そういえば四国に来てから一度も夢を見た記憶がない、これはどうしたものだろう?普段家で寝ている時はよく夢を見るんだけど・・・なんでだ?夢を見る元気すら残っていないのだろうか。けどそこまで疲れてる気もしないし・・・またわかんないよ~~、くそう。

80
十夜ヶ橋の下

最近荷物をたたむのが手馴れてきた、30分程で片付けが終わる。
十夜ヶ橋を6時半頃出発する。10分ほど歩くとモスバーガーを
発見。多少値は張るが、お腹が空いていたので中に入り、モスチーズ
バーガーとポテトのLを注文する。予想より早く出来上がってきた。
チーズバーガにかぶりつき、それをジュースで一気に流し込む。結構
おいしかった。7時モスバーガーを出て、前に向かって進む。

また、イヤーな曇り空に変わっていた。今にも雨が
降りだしそうだ、近くに公園があったのでそこに避難し
様子を見ることに。5分後、案の定雨が降りだした。
どうやら通り雨だったらしく、すぐに止んだけど。この3日間
こう言う雨が多い。一気に降り出して、20分程立つと止む
1日2度は決まってこういう雨が降る、これが秋雨前線なのだろうか?
とうとう季節も秋に移り変わったという事なんだろうか、そうは言っても
日中は真夏並みの暑さだし、どうなんだろう?今は夏、それとも秋?誰かおしえて~
それがわかると、何かさっぱり出来そうな気がするです。

この後、今の雨で大変な目にあわされることになった。
しばらく歩くと国道から少しそれて、山道に入れいう看板がでてきた。
指示どうり山道に入ったら、さっきの雨で土がグチャグチャになり大変な事になっていた。
戻るのは嫌なので、その泥道を直進する。一歩歩く度に、靴が脱げそうになる、歩きにくくてしょうがない。それで靴は脱げなかったが、泥に足を取られ転んでしまった。
そのとき、地面に手をついてしまって、手が泥だらけに。これじゃあ、カメラを持つ事ができない。どこか、手を洗える場所はないかと思い探してみたが、何処にもない。
転んだところから1時間ほど歩くと公園を発見、すぐ水道のところまで行き手を洗う。
カメラを取り出し、手に装備する。ふ~、落ち着く~、片手が空いていると、妙に違和感がある。普段歩くとき、右手にカメラ、左手に杖、この転んだら危険な装備で歩くのだ。

歩き始めの頃、カメラをカメラケースに入れて持ち運んでいたのだが、これだとシャッターチャンスを逃してしまう。現に何度か撮り逃してしまった事があり本当にくやしい思いをしている。それで小鉄と一緒に歩いたときに、彼がカメラを片手に持ち、歩いていた。首に掛けるストラップを腕に巻きつけ、もし何かの拍子に手を離しても、カメラが落っこちないよう細工をしていた。これだ!と思いあれ以来、真似さしてもらっている。ただ転んだら、本当に危険なんだけどね。山道を歩くときだけはかメラをケースにしまっておく。さっきもケースにしまっていなかったら、カメラを壊していたかもしれない、結構危なかった。さてはて、話は進みます。

さっきの場所から1時間ばかし歩くと、休憩所を発見、荷物を置かしてもらい、腰を下ろす。休んでいると、この休憩所を作ったと言うご夫婦が登場。話によると、この休憩所
まだ完成していないらしい、この後真ん中にテーブルを置き、壁にすだれを掛けて日よけにするとの事。それにしても、とても立派な作りだ。外壁に木の皮を貼り付け、その木の皮を竹を使って壁に打ち付ける。旦那さんに、こんな立派な作りの休憩所始めてみました。
というと、心に火がついたのかこの休憩所ができるまでの過程を熱く語ってくれた。旦那さんはとっても、熱かった。

奥さんが言うには、この休憩所で休んでいったのは僕で二人目なんだそうな。とても喜んでくれていた。旦那さんが、こういう所にはどんな看板を掛けておけばいいんじゃ?と聞いてきた。お遍路さん休憩所とか、憩いの場とか、ご自由に休んでいってくださいとかそんな感じでいいんじゃないですか~と言うと。やっぱりそうか~、と頷いていた。それとこの休憩所に名前とか付けたら皆さん覚えてくれると思いますと、そう言うと。ご夫婦そろって、君がこの小屋に名前をつけてっと言う。

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この休憩所に名前をつけるのです!

考えてみたがそう簡単に出てくるものでもない。悩みに悩んでいると、
奥さんが何も今考えなくてもいい、88ヶ所回り終わるまでに考えておいてね。
もしいい名前が浮かんだら手紙に書いて送って頂戴。と言う、それなら了解しました。
おぉ!これはずいぶんな大役を背負ってしまったぞ。けど自分の考えた名前が遍路小屋の名前になると思うと、これはずいぶんと楽しいし、嬉しい。良い名前考えないとなぁ~、なぜか父親になった気分だった。じゃ住所など教えてもらってもよろしいでしょうか?そういうと名刺を渡してくれた。有限会社○○組 代表取締り役 旦那さんの名前 おぉ!これまた凄い、建設業のお偉いさんじゃないですか!
そういうと、おう、そうだ。ととても渋い声で返事をされた。
別れ際に、お接待という事でお金を頂いてしまった。納め札を渡して、お二人に別れを告げる。

今、日記を書いているのだが、ここ上田渡べらぼーに寒い。長袖の上にレインコートを着ても少し、寒さを感じる。道の駅窪川で出会ったおじさんに頂いた、カイロが役立つ時が来たようだ。明日、東京からまた刺客がやってくる。大きな熊さんと中くらいな熊さんだ、4日間一緒に行動するので、また観察日記をつける事になるっぽい。

あぁ~寒い~、明日早いんでもう寝ます。
もしたら、凍死してるかもしれない、、、んなこたぁ、ないよね~.

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お遍路三十六日目

9月15日 宇和町灘戸~鳥坂峠~十夜ヶ橋 約20km 使ったお金1400円
昨晩は、民家の軒下をお借りして宿泊しとったです。
そしたら、そこのお家の方が今朝、朝ご飯にとおにぎりを作ってきてくれた。
あー、うめぇー!もう最高においしかった。
歩き始めた頃、どうしてこうも簡単に見知らぬ人にご飯を作って渡すことが出来てしまうのだろう?と不思議でならなかった。
お接待にも色々とある、お家に泊めてくれたり、ご飯を作ってくれたり
車に乗せてくれたり、お金をくれたり、といった具合にさまざまだ。
それで、この全ての行為は無償で行われているのである。
・・・なんの為にそこまでするん?と不思議でしょうがない時があった。
だけど、最近なんとなくだがわかってきた気がする、これは寄託なんじゃないかと。
お接待をする時に自分の思いも一緒に渡して、私の代わりにお祈りしてきてね、と。
そういった具合である、まぁあくまでこれは僕の考えだが・・・・
もしかしたら、ただ本当に人助けの為にやってくれているのかもしれない。
ん~、まだまだ判らんよ~。もっともっと歩いてもっともっと勉強せねば。

今日は6時に歩き始めた、歩き始めてまず思ったことが・・・霧がすごい。
前が見えないー!そこまで濃くはないが、霧が凄い。
んで、嫌なことにこの日は朝から峠越え、結構きつかった記憶がある。
山道に入って、愕然とした。草がボーボー、伸びたい放題だった。
しかも、その草に露がつきそれで服が濡れる、おまけに蜘蛛の巣に
何度も引っかかるしで、もう気分が悪い。
景色なんぞを楽しむ余裕もなく、ただ黙々と歩き続け山を抜ける。
山を越えてから後悔、あぁ!写真撮ってないじゃん!と。
だが今から戻って撮る気にもなれず、前に進む。

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鳥坂峠の仏さん(ちゃっかり撮ってました)

鳥坂峠を超えた先に大洲と言う町がある、この町にとても素晴らしい
通りがあった。名前は忘れてしまったけど、とにかく良い通りだった。
昭和初期のイメージなのかな、古い建造物が立ち並らんでいる。
1つ1つの家の前に竹で出来た楽器が置かれ、その楽器がとても
良い音色を奏でていた。お茶屋さんの前を通ると、女将さんが
お茶でも飲んでいってと言うので、一息つかせてもらう事に。
30分ほどのほほんとして、この通りを去る。もっといたかった
気もするが、なぜか足が前に進んでいた。それにしても
やたらと、懐かしい気分にさせられたなー、もしかして
前世で住んでいた町だったりして・・・んなこたぁ、ないか。

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良い感じのする通りのお茶屋

大洲市ここもやたらと栄えていた、愛媛って結構町が多いみたいです。
お昼ごはんをホカ弁で済まし、先に進む。30分ほど歩いたのかな、十夜ヶ橋に到着した。周りにはお遍路さんの姿がちらほらうかがえる。
この十夜ヶ橋の下で弘法大師空海が一晩野宿をしたそうな、いわば
この十夜ヶ橋は野宿派お遍路の聖地みたいなものなのだ。
ここに泊まらずして、野宿派お遍路にあらず。自分でそう決めて
この日はここで泊まることにした。弘法大師の像の前で寝る
なんか良い夢でもみれそうだぞ。という期待を胸に今から
眠りに付く。ふぁ~~、ねむ・・・。

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お遍路三十五日目

9月14日 道の駅:みまコスモス館~43番:明石寺~宇和町灘戸 約23km 使ったお金1400円
昨日の夜、寝ようとしたらバイクに乗ったお遍路さんがやってきて、
隣のベンチ使わしてもろてもいいかな?と聞かれた。断れるはずもなく
別にかまいませんよ、と返事をする。50代かそこらのおじさんだった。
おじさん、荷物を片付け、することが無くなると話しかけてきた。
ほっと一安心だ、まるで話しかけてこないお遍路さんがたまにいる、
そういう人と寝る場所が一緒になると、非常ーに気まずい、それに
(失礼だが)荷物を取られちゃうんじゃないかと心配になる。
けど、この人は大丈夫だった。夜11時になるまで経済学(のような物)を
教わった。この人は言う、全ての物事は繋がっているんだよ、と。
おぉ!深い。こんな話をする人いままで生きてきた中で会ったことが
なかったので、物凄く新鮮だったし、勉強になった。
こんな事、お遍路やっていなかったら経験できないぜよ。
すばらしきかな、88ヶ所。

うんがし、5時半に起床。目覚めて1分しない内に凄いものを見た。
朝日が山にあたり、幻想的な世界を作り出していた。かなり凄い。
今日も何か良いことがありそうだな~。

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あさ日+山

6時半、道の駅を出発。30分歩くと41番:龍光寺に到着した。
お寺の前に長命水という食べ物屋がある、お腹が減っていたので
ここで朝ご飯を済ますことに。中に入ると、店主さんが
店主「岡田君だね?」
と言う、・・・あれ?どこかで会ったことあったっけ?
忘れたなんて言うたら失礼だ思い出さねば、必死になって
記憶をたどる。しかし、全然出てこない。
店主「15才、東京からきた岡田君だよね?」
自分「あ、はい。」
どうやってもこの人の顔が出てこない、もうしょうがないから質問する。
自分「あの~、どこかでお会いしたことありましたっけ?」
すると、店主さん
店主「いや、はじめましてだよ」
???わけがわからない?
店主「田中さんに聞いていたんだよ、君の事」
なるへそ、そういう事か!
やっと理解できた、ふ~冷や汗ものだったよ、まったく。
見たことのない人が自分の名前を知っていると、非常にドキッとする。
とりあえず、椅子に座って料理を注文する。
料理が出来るまでの間、店主さんに色々と話を聞かせてもらう
長命水誕生の秘話とか、国会の話とか、店主さん話すのが
好きみたいで、話が止まらない。
料理が出来上がってきた、今日の朝ご飯はうどん。
これがまたうまい、コシがあり、汁がおいしい。
ものの5分で完食。ぐはぁ~おいしかった。
うどんを食べ終わっても、店主さんの話は止まらない。
7時に入店して、9時までの間ずーーーと店主さんに話を聞かされた。
その話の中で興味深い物があった。
この店主さんの話だと、菅 直人 が歩くきっかけを作ったのは自分だとの事
話の経緯はこうだ。・・・ん~、文章にするの大変だな~、己の足で出向いて店主さんに聞いてみて