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結願

10月7日 おへんろ交流サロン 8km 使ったお金1500円

この日に、無事八十八番:大窪寺で結願する事が出来ました。
女体山の頂上に着いたとき、今まで歩いてきた道のりを見る事が出来
ちょっと感動、危うくほろりといきかけました。
ここまでたどり着くことが出来たのは、皆さんの励ましや支えがあったからです。
88ヶ所を回り終え今までのお遍路を振り返ってみると、自分1人の力じゃあとて回りきれないと、再認識させられました。
一番:霊山寺から、八十八番:大窪寺までの、長いような 短いような 57日間、人の優しさに生で触れる事ができ 真剣に話を聞いてくれるお遍路の先輩たちに出会い、
時には、怒られ、ある時は、支えられ、またあると時は諭され、全てが力になりました。
出会う人達と肩書きや、そんなものを取っ払って中身で付き合える、こんな経験が出来る場所って、中々あるもんじゃない。この四国88ヶ所を築き上げた、お大師様は本当凄い人だと思う。けどなんだ、このお遍路というものはお寺を回ることは、二の次な気がする。
お寺を回ることに意味があるんじゃなくて、そのなんだ・・・道のりに本当の意味があるんじゃないかと思う。今回のお遍路でであった人の数は計り知れない、もしかしたらこの2ヶ月は今まで生きてきた15年の歳月の中で出合った人の数を上まっているんじゃないかと思う。
それくらい濃い生き方が出来る場所が88ヶ所なんだと思う。
そのぶん、いざこざや問題に巻き込まれる事もあるとは思うし、苦労もすると思う。
だけど、それもまた1つの意味を持つと思う。それらを乗り越えて、目的が達成できた時には、自身が生まれると思う。
もし今の生き方に疑問を抱いたり、どうして生きてるんだろうみたいに、真剣に悩んじゃっている人がいたら、この四国88ヶ所を回ってみると良いと思う。
たぶん、このお遍路が今後の人生になんらかの影響を与えてくれるはず・・・じゃなかった
良い影響を与えてくれます!(体験者:談)
また、来たいな四国88ヶ所、今度は自転車で回ってみたいです。
といった具合に、すっかりお遍路病にかかってしまいました
だれか、この病気を治す薬を持っていませんか~、Help me~。

とまぁ、思った事をバシバシ書いていったんで、所々文がへんてこりんな所もあると思いますが
そこら辺はご了承ください。一応これがまとめって事になるのかな?今後は、何箇所か日記のなかで抜けているところもあるので、そういった所も書き加えていこうと思います。写真の方も、アップして行こうと思うんでよろしくです。
今、本の出版にあたって、必死になって原稿を書いています。出来れば年内に出版みたいな話になってきているので、もしかしたら年内に拙者の本が皆さんの町の本屋に並ぶかもしれないですな。なんかそう考えると、鼻血が出そうです、ハイ。

それと最後になりましたが、このホームページを見てくれてる人にお礼を言いたいです。
正直何度も日記を書くことが嫌になった事がありました、けどその度に皆さんの言葉に助けられてきたんですよ~。 日記を楽しみにしています こんな事いわれたら、もうパワーMaxです、キーボードを叩く音が格段に早くなりました。人の優しさって、素敵です。
最後になりましたが、とか書いてるけどまだ、終わらないのかもしんない・・・
もしかしたら、今度はもっと無茶なことをしだすかも知れないんで、
ちょくちょく見にきてやってください、んじゃあ
皆さんありがとうございましたー!
以上!

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インド

10月18日
東京からインドへ向けて出発いつも通り、出発ぎりぎりになるまで
準備が終わらず、寝ていない。体力的にきつい。

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飛行機の中で・・・英語が読めない

10月19日
久しぶりのインドに到着、やっぱりインドだ暑いし、臭い、それとほこりっぽい。
だが今は雨季に入っている模様で、前回来た時よりかは、いくばか涼しい。
アガスティアの葉の館で親が仕事を開始する、今回はこの仕事の模様やこの館で
働いている人たちを撮影するためにやってきた。自慢の一眼レフカメラで。

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インド空港

10月20日
この日から、親の取材が始まった。取材陣は色々な国の人で固められた、多国籍軍
だけど皆英語を使う。皆が話してる姿をみて、よりいっそう英語習得への欲求が強く
なった。晩にハリッシュがやってきた。ハリッシュとは、家の親父のインドでの助手
みたいなひとで親が頼みごとをすると、てきぱきと物をこなすとっても優秀な青年である。
またハリッシュは日本に来たいようで、インドに来るたびに日本語を少しずつだが習得
している。なので、自分が唯一こっちで話が(少し)出来る人物といえよう。

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館での仕事の模様

10月21日
今日も朝から館に出向き、写真を撮り続ける。昼になると親から、ホテルに帰って
原稿を書けとの指令が出たホテルに帰るが、どう原稿を書けばいいのかまったく
わからず、パソコンとにらめっこする事に。それとこの日、近所の食べ物屋の主人
と仲良くなる事に成功。5ルピー(15円)分値段をまけてくれた。それと、夜、部屋
にディレクターさんだと思われる人がやってきて、一緒にお酒飲まない?(英語で)と
聞いてきた、それを聴いた瞬間、滅茶苦茶疲れて寝ていたはずの親が飛び起き
部屋を出て行った。・・・お酒恐るべし。

DSC_0613.jpg
この笑ってるおじさんが、友達です

10月22日
この日も原稿をどう書けば良いのかいいのかわからず苦悩する事に。なんとなく、
お遍路の時に腕に着けていた数珠を取り出し、腕に装着。それと気分転換のため
外に出て書き始めたら、あらまぁ不思議、すらすらと文字が打てていた。数珠に
秘められた、未知の力がこうさせてくれたに違いないと、数珠に感謝。

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傘を差す少女

10月23日
今日で、取材もお終い。短い付き合いだったが、クルーの人たちと別れるのは寂しい
ものである最後に記念写真を撮って、お別れに。今日から、お寺へ行って祈祷する作業
が始まる、タクシーに乗って1時間ほど走るとお寺に到着。インドのお寺は、日本のお寺
とはまるで違う。例を上げれば、お寺の中に牛がいます、たまに象もいたりします。あと
スワミ(お坊さん)は坊主頭じゃないし、とっても太ってます。裕福な生活をしている証拠
です。それと、日本の坊さんより、垢抜けた感じがしてとっても近いところに居る感じがする。
88ヶ所を回ってすぐにこんな事言うのもあれだけど、インドのお寺のほうが個人的には好き
です。建造物としてみたお寺だったら、日本のほうが好きだが。お寺の中の人が、もちろん
良い人もいたんですが、ちょっとあれだったんで・・・

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別れの記念撮影

10月24日
今日も、朝からお寺に出向くことにそれで、今日2個目のお寺で事件発生。祈祷のため、
御神体(ガネーシャ神)が祭られている部屋に入ると、急に意識が飛んだ。一瞬の出来事
だったので何が起こったのかよくわからなかった、すぐ意識は回復したが目まいが続き、
その部屋にいたくなかった。部屋にでてからもずーーと座り込んでしまう、それと急に睡魔
が襲ってきた。1時間半ほど座ったまま寝ていたみたいで、目が覚めたら外が暗くなっていた。
祈祷も終わっていた。お寺から出る間際遠くからだが、その部屋を見てみた。今度は吐き気が
、すぐに目を逸らし、お寺から出た。いったい何だったんだろうか?

DSC_0796.jpg
インドのお寺

10月25日
実質的に今日がインド最終日になる、当初の予定では30日までだったのだが、親の仕事が
予想以上に速く終わった為こうなった。お昼まで、親に引っ付きお寺の巡礼をしていた。昼からは、
原稿書きに勤しむ。夕方4時頃、親が帰ってくる、がまたすぐに出るから早く準備しろとの事。
急いで用意をし車に飛び乗る。何処に行くのだろう?と少し心配、着いた所は孤児院だった。
この孤児院で親が皆にご飯を配る、自分はその姿をカメラで取り続ける。怒涛のように過ぎ去った
30分だった。どうやらアガスティアの葉関連の仕事だったらしい。にしても、ここに居る人の年齢層
に驚かされた。一番したの子はまだ一歳にみたっていない、乳幼児だ。なんか、すっごく凹んだ。
あんまりカメラを向けたくなかった、何がそうさせたのかはわからないが、写真に取りたくなかった。

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孤児院の少女達

10月26日
朝からタクシーで空港に向かう、車を使っても6時間もかかった。歩いたら何日ぐらいになるかなと
、まだお遍路の時の癖が抜けていない模様。空港に到着したのは午後5時。薄っすらと暗くなりか
けていた。タクシーの運転手、ラトラ・クマールとダムダールに別れを告げ空港内に。空港のなかが
寒いこと寒いこと半そで一枚じゃとても耐えられないような、寒さだった。上から一枚服を羽織る。
飛行機の搭乗時間まで、まだ5時間もあるどうやって時間を潰そうかと考えた、日記を書くという
結論に至り、pcを取り出す5時間黙々と日記を書き続けていた。
飛行機にのり、短かったインド生活に幕を閉じた。

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good by!India

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そして東京へ

10月11日  大阪〜名古屋〜東京

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高野山奥の院

10月10日 徳島港〜和歌山港〜高野山 移動距離200kmくらい 使ったお金2000円

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お礼参り

10月8日  88番:大窪寺~10番:切幡寺~1番:霊山寺 約50km 使ったお金0円 

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緊急告知!!

1時間後の、午後7時に FMとくしま でこの前のインタビューが放送されます。皆さん、よろしくお願いします。

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結願

10月7日 おへんろ交流サロン これから進む 使ったお金240円

いよいよ、結願の日がやってきた。
これから、女体山を越え88番:結願所:大窪寺へと向かう。
ここまで来てしまったら、もう寂しいなんて感情はない。
今は、残り少ない遍路道をどう歩こうか、それだけだ。
多分2時頃、88番を打ち終えるはず。
まだ、どんな気持ちになるのか想像がつかない・・・
結願するのが少し怖い気もする、けどここまで来たんだ。
ちゃんと、88番大窪寺を打って今回の旅は終わらせよう。
はたして、願いは結ばれるのか?
それでは岡田光永、88番:大窪寺にいってまいります!!
無事結願が出来ますよーーーに!

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お遍路五十六日目

10月6日 85番:八栗寺~87番:長尾寺~おへんろ交流サロン 約21km 使ったお金800円

朝、西岡さんが車で迎えに来てくれ、昨日の八栗寺麓の
ロープウェイ待合所まで、送ってくれた。別れ際には、手作り
のお弁当までいただいてしまった、本当にありがたい事だ。
・・・じつは今日、朝寝坊して西岡さんとの待ち合わせに遅れて
しまったのだ、本当にすまないことをした。それなのに、朝ご飯を
ご馳走してくれるし、お昼用にとお弁当まで作ってくれたのだ。
本当、お世話になりました。
今日はカラッと晴れじつにいい天気。それに太陽から送られてくる光
が、いつもと少し違う。日があたっている物を、いつも通りカメラを
使い撮影してみる。今までとまったくと同じ様に撮っているのに、
取れる写真が何処か違うのだ、写真が映えている。自然とシャッターを
切るスピードが上がっていた。この瞬間、本当シャッターを切るのに
夢中になっていた。この時ほど、写真を撮るのが楽しいと思ったことなかった。
だが、その時間もすぐに終わってしまった。空が少し曇り始めた雲で太陽が隠れ、日がかげってしまった。日がかげってから撮れる写真は、全然よろしくない。

あれ以来、あの光に出会うことがない、いったい何処にいっちゃたんだろ?(10月16日現在)

85番:八栗寺を打ち終え、86番:志度寺へと向かう。緩~い坂道をゆっくり下っていく、坂道を下り終えて少しいくと、両側を線路に挟まれた大きな通りに出る。
その道を4km歩き続けると。86番:志度寺が見えてくる。
ここ志度寺は緑が多い、それと鳩も多い。・・・そういえば、こっち
来てから鳩をあんま見ていないなぁ~、なんて事に気がつく。
掛け軸に納経をしてもらい墨を乾かしている間、ベンチに座って一息つく事に。
なんとなく鳩を見ながら、ぼーーっとしていると、小学校1年生くらいの男の子がやってきて、お接待です、と100円玉を数枚くれた。ニコッと笑い、ありがとうと言うと、少年は家族の元へ飛んで帰っていった。少年のあたふたした動きが、可笑しかった。それにしてもあの小ささで、 お接待です とは・・・
たぶん、お父さん、お母さん、に渡しておいでと言われ、渡しにきてくれたのだろ。
けど、もしかしたら、自らお接待をしてくれたのかも・・・
もしそうだとしたら、かなり凄いことだと思う。今この年になっても、何かを人に与えるなんてことはしてこなかった。それをするって、結構大変な事なのである。
それを、あの年で自ら進んで人に何かを与えようとは・・・何を与えるなんて事は関係ない、その心構えが凄い。こうやって、お接待文化は受け継がれていくのかなぁ~。
なんか良いよな~、親から子へと受け継がれていく文化って。とても素敵だ。
そろそろ、墨も乾いたようなので。掛け軸をザックにしまい。志度寺を出発。
山門で一礼し、87番:長尾寺目指して歩き始めた。すると、後ろから
いってらっしゃーい!!と、さっきの少年が大きな声で見送ってくれていた。
それに、その家族と思しき人たちも一緒になって見送ってくれていた。
いってきまーす!手を振り返す、今度こそ長尾寺に出発である。
なんか力が湧いてきた、7kmの道を、ただただ歩きつづけた。
87番:長尾寺に到着。何か閑散としたお寺だった。
本堂で御参りを済ませ、納経所に行き納経をしてもらう
・・・あと、1っ個か。とうとう、87番のお寺まで来てしまった
四国88ヶ所を1番から延々と歩き、徳島、高知、愛媛、香川
のべ、1400kmの工程を歩き続けてきた、そして、この四国88ヶ所巡礼の最大の目標がもう、掴む事が出来そうな位置まで来ている。
残り約14km、大切に歩いていこう。
今日の目的地はお遍路交流サロンという、遍路の資料館みたいな所である。
ほとんどのお遍路さんが、ここに立ち寄ってから、結願所:大窪寺
へと向かうそうだ。僕も例にならって、ここに立ち寄ってから、大窪寺を
目指そうと思う。なんで、とりあえず今日はここまで行くことに。
たどり着いてはみたものの、4時の閉館時間に間に合わなかった。
どうしようかと思い悩んでいると、このお遍路交流サロンの真横に
とても素晴らしい、東屋があった。今日はここで一泊し、明日朝一で
お遍路交流サロンを見学してから、大窪寺を目指すことに決定。
早速寝床を作り、朝西岡さんに頂いたお弁当を食べてから、pcいじって、トイレに入り、歯を磨いて(道の駅協力)寝袋に包まって、10分後に就寝。


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お遍路五十五日目

10月5日 天然温泉きらら〜84番:屋島寺〜85番:八栗寺 約16km 使ったお金500円

昨日の夜、温泉から上がって休憩所でまったりしていると
偶然にも、知った顔のお遍路さんに出会った。
そのお遍路さんに、寝る場所はどうするの?と聞かれた。
なんか適当に公園でも探して野宿しますよ、っと答えると
危ないから、宿に泊りな。そう言いながら、(相手のお遍路さんが)
お財布から何やらかみ切れのような物を取り出し、手渡してきた。
良く見ると、この温泉の宿泊券・・・
いや!おっちゃん、野宿するから大丈夫っすよ!と断ったのだが
「いいよ、お接待してあげるよ」そう言われ、チケットを渡された。
いや、けど〜、とクネクネしていたが、お接待なら受けとらなれば。
おっちゃんありがとう〜!そう言いながらチケットを受け取る。
実はこのお接待、受ける側の人間は何があっても断ってはいけないと言うルールがあるのだ。偉そうにこんな事言っているが、車に乗せて上げるよというお接待を幾度となく断ってきた自分が言えた義理でも無いが・・・。
そいじゃ、明日気いつけてね、お休み〜。その言葉を残し、おっちゃんは自分の部屋に帰っていった。
おっちゃんを見送った後、すぐさま受付に向かいチケット渡す。
鍵を渡され、係りの人が部屋まで案内してくれた。
その後布団に倒れこみ、すぐ眠りについてしまった・・・。

朝、目がさめるとまた雨が降っていた。
ムクッと起き上がり、TVをつけるそれから、
歯を磨いたり、トイレに入ったり、お茶を
入れてみたりと、とりあえず部屋に有るものをいじくってみる。
緑茶を飲みながら、TVを見る。ただこれけの事が、すっごく贅沢に
感じる。それくらい、野宿という生活に慣れてしまっているのだろうか?
なんか、変な感じ。
この日も、一昨日と同じくらい遅い時間から歩きはじめた。
四車線の大きな通り沿いに、ひたすら歩いて行く。
何故かはわからないが、周りの物が目に入らない。
歩く事に集中している、自分がいた。
84番:屋島寺は、小高い山の上にあるお寺だった。
坂道はちゃんと舗装されていたし、すごくしっかりしていた
ただこの日は雨、そのせいで道が大変滑りやすくなっていた。
杖を巧みに使い転ばないようにしながら、必死扱いてなんとか
84番:屋島寺に到着。なぜか、やたらと疲れた。
雨は降り続いていた、お寺の軒下でしばらく雨宿りを。
1時間近く、屋島寺やその近辺をうろついていた。
ちょっとゆっくりしすぎた。
4時、八島寺を出発、次のお寺八栗寺目指し歩いて行く。
距離にして約4km、時間に換算するとちょうど1時間。
ん〜、5時の、納経時間に間に合うのかなぁ〜、少し心配。

結局、間に合わずこの日は、八栗山の麓のロープウェイ待合所で終了。
携帯を取り出し、西岡さん(小野さんの同僚)に電話をかけ、むかえに来てもらう。
実はさっきお昼頃、小野さん、西岡さんにお会いしていたのだ。
それでその時に、今晩お接待をしてくれる(西岡さんが)ゆうてはったんでそれに甘えて、電話をかけてみた。
するとあと40分程したらこちらに到着すると、言っていた。
あっという間に、40分が過ぎ西岡さんが到着。車に乗り込み
晩ご飯を食べに連れて行ってもらう。話しはドンドン進みます。
その席で西岡さんの友達に、友達(連れ)は大切にしなよ、
お金じゃ、友達は買えない 友達いないと大人になってからつまらない
こんな事を言われた。なんか、凄く納得してしまったというか、なんというか・・・
勉強になった。そんな事お教えてくだすったのが、自称:後光がさしてる
野添さんでした〜。
晩ご飯を食べ終え、西岡さんに健康ランドまで送ってもらいこの日は
そこに宿泊、ここの所毎日のように宿で寝れて本当しあわせだ。

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お遍路五十四日目

10月4日 80番:国分寺~83番:一宮寺~天然温泉きらら 約24km 使ったお金1000円

んは~、くどいようだけど布団はいいっすねぇ~。
二度寝をしたいという欲望に駆られるが、いかんです。
グイっと体を起こし、無理やり体をたたき起こす。
ボッケーーっとしていると、小野さんご夫婦も上から降りてきた。
それでも目が覚めずボッケーーーっとしていた。
魂が体に戻ったのか、急に行動を開始した。

取りあえず、荷物の整理、次いで洗顔。
顔を洗うと、完璧に目が覚めた。つっても、なんか全体的にむくんでいるが・・・。お味噌汁のいい香りがしてきた。
テーブルに向かうと、朝ご飯が並べられていた。
このおにぎりがまたおいしくて、次々と胃に収まっていく。
は!食べ過ぎると、また胃がもたれる(お遍路二・三日目参照)
ここに来て、学習の成果が現れた。雅美さんには失礼だったが
おにぎりを少し残してしまった。ご馳走様です!

じゃあ、いきますか。小野さんご夫婦に、国分寺まで送ってもらう、30分ほどで到着した。車を降りて、ザックを背負う。
いつもなら、見送っているのだがこの日は、小野さんご夫婦に見送って
もらった。お二人に背を向け、国分寺境内に入っていく。
はぁ、いい人たちだったなぁ・・・。また会いたいな~(翌日再会するけどね)

うっし、今日も一日元気に行きますか!
国分寺での御参り、納経を終えて。81番:白峰寺目指して歩いていく。
この白峰寺、五色台という山の上にあるお寺で、道中に出てくる山道が
遍路転がしと呼ばれている程きついそうだ、けど見た感じそこまで大きい山でもなかったので簡単に登れる気がした。・・・予想通り~!こんなん遍路転がしのへの字にもならんぜよ、かなり簡単に登頂。国分寺から2時間ほどで白峰寺に到着。
ぱっぱのぱっと、用事を済ませ根香寺目指して歩いていく。
根香寺への道は起伏のある山道だったが、とても気持ちのいい道だった。
白峰寺から、やはり2時間くらいで根香寺に到着。
小野さんの話によればこの根香寺、香川ではかなり有名な所らしい。
出るんだってさ、幽霊さんが・・・はぁ~、気が重い。
気を張ってお寺の中に入っていく。皆が言うほど怖い感じはなかった。
けど、なんか違和感はあったけどね。納経を済ませ、83番:一宮寺目指して歩き始める。いよいよ、高松市に突入だ。これが四国で二番目に大きい街か・・・
確かに、大きい街だは。山の上から高松市内を一望できた。これまた絶景で本州の影がうっすらと見えたりもした。
・・・高松市内、歩きにくし。カックンカックンまがるから、道に迷いそうだ。

看板が増えてきた今の時代でも、こんな感じで迷ったりしそうになるっていうのに一昔前のお遍路さんはよっぽど苦労したんだろうなぁ~、カワイソ。この日は83番:一宮寺で歩きは終わり。その後、宮武さんに車で向かえに来てもらい、FM香川に勤めている、アンリさんという方に会うため、スタジオの方に向かう。
スタジオ到着。中に呼ばれ、椅子に座り、アンリさんとのお話スタート
アンリさんは言葉の魔術師かと思うほど、言葉巧みに話しかけてくる。
なぜか、僕もうまいこと答えることが出来、とっても満足できたし、楽しかった。
この会話がいつ頃かはまだわからないけど、放送されるので詳しいことがわかり次第また連絡さしていただきます。
アンリさんにお別れをいい、宮武さんの車で83番:一宮寺まで送ってもらう。
ここで、宮武さんともお別れをし、この後近くの温泉に入ってゆっくり疲れをとった。

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お遍路五十三日目

10月3日 四国健康村~八十場の水~80番:国分寺 14km 使ったお金1400円

今日は朝から、のんびり行動していた。
まず7時に起きて、その後お風呂に入りpcいじって、荷物をたたむ。健康ランドを出た時間は8時30分、かなりのスローペースだ。

んでその後、洗濯物が溜まっていたのでコインランドリーに寄り洗濯をする。ここでも1時間ほど時間をくってしまい、なんやかんやでちゃんと歩き始めた時間が10時、めっちゃ遅いスタートだ。
この日はドンヨリとした天気だった。気分は下り坂
前に進みたくないなぁ~、そんな心が芽生え始めていた。
どうやら自分の中に、あと少しで到着すると思うと、
寂しいなぁ~、そんな風に思う心があるようで・・・なんか憂鬱だ。
が、歩くには最高の天気、元気を出して行ってみよう~!
まったく気分が乗らない、チンタラチンタラと歩いていく。

78番:郷照寺に到着、お寺に着いてもなんか気乗りしない
というより、さっきより悪化している気がする。
残りとうとう、10箇寺かぁ~寂しいなぁ~、ハフ~。
もん凄い・・・なんだろう、寂しさに似た感情が押し寄せてくる。
納経をしてもらい、掛け軸を見ても思うが、本当残りわずかなのだ。
はふ~、寂しい。78番のお寺を打ち終え、次のお寺79番:高照院へと
向かう道中、友達から電話が掛かってきた。話の内容は、何時帰ってくるの?
そんな様な事だった。けど、この電話でハッ!とさせられた。そうだ、あっしには帰りを待ってくれてる人がいる。その人達のためにも無事88番:大窪寺で結願をし、皆様方に報告せねばならん。再び歩こうという意思が燃え始めた。
待ってろよ~、大窪寺!今行くからなぁ~!岡田、出撃~!!
気合MAXだ、さっきとは打って変わって歩きたくてしょうがなくなってきた。
ふと前を向くと、車がやって来た。道の端によって車が通りすぎるのを待つ。
・・・なんか車の運ちゃんが、めっちゃ僕の事を見てる、もう本当凝視している。
なんか悪い事したかなぁと、ドキドキしながら車が通りすぎるのを待つ。
特に何も言われることもなく、車は通り過ぎていった。ホッと一安心して
振り返ると。オォ!!さっきの車が停車している、しかも運ちゃんが
窓から顔を出してコッチをジーーーっと見ているではないか!
この時ばかりはどうしたものかと、必死になって考えてしまった。

運ちゃん「岡田君だよね?」
・・・なぜか、運ちゃんに名前を呼ばれる
自分「なんで、僕の名前知っ・・・」
運ちゃん「家内と一緒に毎日、日記読ましてもらってます~」
自分「え!マジっすか!ありが・・・」
運ちゃん「今日何処に泊まるん?」
自分「え!いや、どっか適当に公園でも探し・・・」
運ちゃん「なら家に泊まりに来てよー、これ携帯の番号渡しとくから、
歩き終わったら電話ちょうだい、迎えに行くから。」
と、名刺を渡された
ヲォーーーーーン、ヲォッヲォーーーーーーーン(エンジン音)
小野さん(運ちゃん)は、満足そうに何処かに去っていった。
名刺に電話番号、住所、お名前、会社名、職業が書いてあった
・・・また、名刺に代表取締役の文字が刻まれている。
なんで、こんなビッグな人が自分のホームページを見てくれてるんやろ?
不思議だ。まいっか、今は歩くことだけ考えよう。

ガッシガシ、歩いていく。79番:高照院の門前にある八十場の水で、
日本一おいしいところてんを食べエネルギー充填。再度、出撃~!

113
背中に祭り一文字

ガッシガシ歩いていき5時頃に、80番国分寺に到着。この日は納経時間に間に合わず、また明日出直すことに。
今日はこれ以上進めないし、野宿できそうな場所もないので
小野さんに電話してみる。
1コール目、通じない
2コール目、通じない
3コール目、通じない
がーーん!ショック・・・すっかり小野さんの家に泊めていただく
気になっていたので、野宿ポイントをちゃんと探していなかった。
どうしよう?も一度電話して駄目だったらあきらめよう、そうしよう。
携帯とは別にもう一つ番号が書かれていたので、そっちの番号にかけてみる。
電話にでたのは、どうやら小野さんの奥さんのようだ
奥さんが言うには、もうそっちについてるはずとの事だった。
電話を切り、しばらく待っていると。携帯が鳴る
今電話の相手は小野さん。
小野さん「今、どこにおる?」
自分「国分寺に居ます」
小野さん「ちょっと待っててや、すぐ行くから」
本当にすぐ来た、またカッコイイ車に乗ってるなぁ~

後部座席に荷物を置き、助手席に座り。小野さん邸に向かう。
小野さんの家は、78番:郷照寺のすぐ近くにあった。
お邪魔しま~す、早速お風呂に入れてもらう。
お風呂で汚れを落とし、服も着替え、とってもサッパリ。
あぁ良い気分。そいで、その後ご飯を食べる事に。
・・・鍋ですか、これまた贅沢な。奥さん手作りのお鍋だ。
それにおいしい。激ウマです雅美さん(奥さん)。
3人でお鍋を囲んで、色々と話をする。
それで、この時とても凄いことが発覚した。

なんと、小野さんお遍路三日目からずーーっと僕のホームページを
見ていてくれたそうな。その時から、僕が香川に来るのを待ってて
くれたそうで、これほど嬉しいこと他にはない。
実になったというか、なんというか。頑張ってホームページの更新をし続けてきてかいがあったなぁ~と思えた。
今までで、一番大きなホームページの反響だ。本当にほんとーに
嬉しかった、岡田 光永15才感激です!それでその後も色々と意外
な事実が明らかになっていく。
実は小野さん、昨日の朝から僕の事を探していてくれていたそうで
それで昨日の夕方、お茶屋さんのところで僕の事を発見したらしい。
だが、カメラがいて話かけにくかったと、話してくれた。
その後も遠くのほうから見ていたそうだ。けど、どこかで見失って
しまい、いくら探しても見つからないから、諦めて家に帰ったそうだ。
それで、僕のホームページを見てまた家を飛び出したようで。
昨日は78番:郷照寺のすぐ近くの四国健康村に泊まっていましたよね
それで小野さんの家は郷照寺のすぐ近く、わかりました?
12時、小野さんは四国健康村に僕の事を探しにきたそうで。
もし見つけたら家に引っ張り込むつもりだったらしい。
それでも結局見つからず、諦めて家に帰って寝たそうだ。
小野さん、お疲れ様です。
んで今日は朝の7時頃から、岡田光永発見隊として、自転車に乗って
町中を探してくれていたみたいだ、けどいっくらら立っても
現れないから、これは先に行ったと思い車に乗って、国分寺・白峰寺
その近辺を探したそうです、この時僕は洗濯してました。
それでも見つからなかったので、諦めて帰る道中、ばったり僕に遭遇
したという訳、それで見つけたー!と言う目で僕の事をジーーーーっと
見ていたそうだ。・・・本当お疲れ様です。
小野さん大変だったんだなぁ~。
112
小野さんと記念撮影

この後も、カキの話や親父の本の話などで盛り上がったが、
ここら辺にしておこうと思う。
この後、小野さん邸のLANケーブルをお借りしホームページ
の更新をし、1時頃温かい布団で眠りについた。


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お偏路五十二日目

10月2日 道の駅みま~77番:道陸寺~宇多津:四国健康村 約23km 使ったお金3000円

みまもまた寒し、寝袋から出ようとする思いを削ぐ寒さだ。
くそぅ、寒みぃーーー。そろそろ、この装備じゃあ駄目な気がしてきた。
しばらく、寒さのあまり寝袋から出る事が出来ず、どうしたものか考えていた。寝袋の中でもぞもぞやっていると、段々と太陽が昇り始る。
地上の気温が少しづつ、上がっていく。外に出ても耐えることが出来るほど、気温が上がってきた。テントから、這い出る。
・・・やっぱ寒いや、レインコート以外の長袖が一つ欲しいなぁ。
だが、あと少しで結願かと思うと買う気も起きず・・・どしよ?。
!また、遠くの方でつじさんが撮影をしていた。・・・つじさんには、
毎度ビックリさせられるなぁ~。にしても、いつから撮っていたんだろう?
ススススっと近づいてきて、寒くない?と聞かれた。
・・・正直に、ちょっと寒いっすねと答える。
なんか、カメラがつじさんの目に見えてきた。
片づけをしていると、遠くの方から田平さんがやってくる。
田平さんが、パン買ってきたから、食べて、との事。
パンがあるなら、牛乳も飲みたいなぁ~。
と、贅沢なことを考えながらパンを食べ始める。
どれも、中々おいしかった。ご飯も済んだし、行きますか。

その言葉で、皆動き始める。
ザックを背負い、杖持って、タオルを巻いたらいざ出陣ー!♪
今日は出だしから山道だったが、だいぶ踏み固められた道だったので
歩きやすかった。
ここいらは、お寺が密集している地域なので次々にお寺を打ち終えていく。
そんな中、75番:善通寺に到着。このお寺は、弘法大師空海 幼名:真魚が生まれた場所であり、結構特殊な感じのお寺だった。

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75番:善通寺 空海の生まれ故郷

何が一番印象的だったかというと、土地・お寺そのものがやたらとデカイ。
たぶん今までで一番大きいお寺なんじゃないかと思う。
このお寺に来たら何かあるかなと、少し期待していたが特に
何が起こるでもなく、他の札所と同じように普通に終わってしまった。
ちょっと、あっけなかった。

ここの善通寺から76番:金倉寺に向かう途中なんか、凄くよさげな
うどん屋を発見。結構な行列が出来ていたが、気に留めるでもなく
列に並ぶ。15分ほどまったかな?やっと中に入ることが出来た
早速料理を注文し、うどんが出来上がるのを待つ。
はい!おまっとさん!

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讃岐うどん

キターーー!うどんの登場である。
何を隠そうこのうどんは、正真正銘の讃岐うどんなのだ。
香川といったら讃岐、讃岐といったら讃岐うどん、とっても簡単である。
いただきます!早速うどんを口に運ぶ。うどんのコシが強すぎて
中々噛み切れない。食べ始めは苦労したが、慣れてくると
これが病みつきになってくる。安い、うまい、早い
この、三つ全てをクリアーしていて、もういう事なしである。
ごちそうさまー!お店をあとに。今の食事代が、260円か
・・・めっちゃ、安いなぁ。すこし、感動してしまった。
金倉寺で、田平さん、つじさんと合流して、また歩き始める。

77番:道隆寺の門前でお茶のお接待を受けた。この時
売り物の金剛杖とmy金剛杖の背比べをしてみたら。
・・・5分の2ほど短くなっていた。お店の人が、初めてそこまで
杖が短くなっているのを見た、と笑っていた。たしかに
この杖には頼りっぱなしだった。それだけ、自分を支えてくれた杖だ
家に持って帰って、掛け軸と同じくらい大切にすることに。
このお寺から少し進んだところでテレビの取材はおしまい。
4日間一緒に行動していたので、離れるのが少し寂しかったが
元気に二人に別れを告げる。大丈夫、きっとまた再会できるさね。

暗くなってからも、ネリネリ歩いて8時頃、四国健康村に到着。
おぉ!キレイな所だな~、ちょっと気分が乗ってきた。
今日は、きっと良い日記が書けるにちがいない。

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お遍路五十一日目

10月1日 銭形展望台〜71番:弥谷寺〜道の駅:みの 約16km 使ったお金2400円

めっちゃ寒い、テントに露が降りていた。
今の装備で、88番大窪寺まで行けるのかちょっと心配。
カタカタと震えながら、パンをかじる。朝ご飯を食べていると、
怪しいカメラが一台、コソコソと近づいてくる。なんだ、なんだ盗撮か?
と思ったが、・・・全然違い、つじさん(カメラマン)だった。
なんかつじさんて、気配を消して近づき
少し離れた所から撮影してるからちょっと不気味(失礼)。

今日最初のお寺は、68番:神恵院。このお寺ちょっと変わっていて
次の札所69番:観音寺が同じ境内にあるという、なんとも便利なお寺なのだ。
68番の本堂でお経を読む、大師堂も同じようにお経を読む。
69番の本堂でお経を読む、大師堂も同じようにお経を読む。
計四回、般若心経を読み上げた。
納経はどうなるんだろかと、楽しみにしていると
同じ人が2箇寺分書いてしまった。えぇ~!そんなんでいいんすか
と思いながらも、お金を渡す。
ここの境内にとっても立派な木がある。木の種類は忘れてしまったが
とってもいい感じの木だ。根っこが土から出ていて木の下の部分が
大きく広がっていて、でこぼこしている。なんかトトロが住んでいても
おかしくないような木だった。こんな立派な木が庭にある家に住みたいなぁ~
と無茶な理想を抱いてみたりする。

70番のお寺で、川尻さんと再会。それでその、川尻さんが乞食をしていた。ちゃんとお経も読んでいたし、正装もしている。けど、なんか複雑な気分だった。
そんな気持ちは一旦どこかに置いといて、川尻さんとの再会を素直に喜ぶ。
立ち話だったので、10分ほどで会話は終わってしまったが。
嬉しかった、それに楽しかった、再会って良いなぁ~、そう思えた。
出会いがあって、別れがあり、その次にあるのが再会、そのまた次が別れ、でまた再会。再会があるから、別れが嫌いじゃ(怖く)ないのかもしれいなぁ~。
川尻さんとは、また何処かでお会いする気がする。
なんてたって川尻さんは、四国のスーパースター・ナベさん(三坂峠の善根宿の管理人さん)の知り合いなのだから。

日中は結構な気温まで上がり、額にぽつぽつと汗が浮かんでくる。
うっ!と嫌な匂いがする、自分の体臭だ。この5日間一度も風呂に
入っていない、そろそろ匂いが危険なレベルに達しようとしている。
71番:弥谷寺の手前に、道の駅みまと言うところがあり、そこには
温泉も一緒についている。今日はここでお風呂に入って終わりにすることに。
の前に、ベンチに座って一休み。ふぅー、時計に目をやるとまだ時間にかなりの余裕があった。500m離れてない事だし、弥谷寺を打っておくことに。
国道から少し入っていくと 是より 本堂まで580段 っという看板が出現。

108
弥谷寺本堂への階段

・・・10番:切幡寺の330段の階段で、滅茶苦茶きつかったのに
580段って、大丈夫かな?かなり心配だが、挑戦してみることに。
10,11,12,13,14、 段数を数えながら階段を登っていく。
あら?意外と簡単に本堂に着いてしまった。
やっぱ、1000km以上歩いた足なら、ちょっとやそっとのことじゃあ
動じないのだろう。本当あっさりと、本堂に到着。

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ミニお遍路さんに遭遇。弟と同じ年くらいかな?

テシテシ、っと階段を下り。
道の駅に逆戻り、速攻で風呂に向かう。早くお風呂に入りたいのに
従業員の人が気を使ってくれて、何から何まで説明してくれる
早く終われ~、そう念じると、願いが届いたのか。説明が終わった。
忍者の如きすばやさで、服を脱ぎ(嘘)お風呂にダイブ。

グハーーー、きもてがええにょー。なんか気持ちがフニャフニャに
なっていく。お風呂は心の汚れも綺麗にしてくれると聞くけど、本当
そうだ。身も心もさっぱりする。このまま寝れれば最高なのだが
日記の更新をしないといけなかった。さすがにこれ以上ためるのは
まずい。睡魔と戦いながら、日記を書く。3時間pcと格闘して
お風呂を後にする。お風呂を出てから、現在地を書いていないことに
気がつく。お風呂を出てすぐの所に、足湯があった
そこで足を暖めつつ、ホームページの更新に勤しむ。
おまけに、足湯がある場所から見える夜景が
綺麗なこと綺麗なこと(三坂峠の観音堂には負けるが)
極楽、極楽、あぁーーこれだから野宿はやめられない。

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